結婚報告
シャンプーとボディーソープは偉大な発明だ。
サラサラになった髪をつまみながら、一馬はそう思う。
寝間着に着替えても、体からいい匂いが漂っているのがわかる。
そして、一馬は居間に行くと、すれ違いざまに双葉に声をかけた。
「俺の連れ、シャワーの使い方も風呂の使い方も知らないから、教えてやってくれるか」
「そんなことってある?」
「あるんだなあこれが」
「一馬、座りなさい」
双葉がシャロを連れて歩いて行く。
一馬は、父の向かいに座った。
「お前、ここ数ヶ月、なにをしていた」
父は剣呑な表情だ。
「まあ一言で言えば、旅」
「これが必要な旅か?」
そう言って、父は遥の刀を鞘から抜いた。
その刃の上に煙草を落とすと、それは真っ二つに切断された。
「この切れ味。模造刀ではない。鎧も、突きが効くかは試してはいないが、刀を弾くほどの硬さだ。それも、この世界にはない毛革でできている」
父はそう言うと、刀を鞘に収めた。
「なにをしていた」
一馬は困ってしまった。ありのままを話せば、父は一馬を狂人扱いするだろう。
父はそのうち、溜息を吐いた。
「高校に上がってからそうだ。お前は問題ばかりを起こし、我が家に泥を塗るばかりだ。お前が生死不明になった時、母さんがどれほど心配したかわかるか?」
「……申し訳ないと思ってる。けど、戻る手段がなかった」
「戻る、手段?」
「あっちで一年半ぐらい過ごして、偶然ながらそれを見つけて帰ってきたってとこだ」
「またおかしなことを言う。こちらでは数ヶ月しか経っていない」
「多分、時間の流れ方が違うんだろう」
「茶番だな」
父は、呆れたように言う。
自分はやはり信用されていないな、と溜息混じりに思う。
「転校して、普通の生徒に戻れ」
「いや。俺には俺の居場所ができた。今更帰ることはできない」
「この家は、お前の帰る場所には不服か?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
魔物達は今も人間界を狙っている。放置しておくわけにはいかない。
「とりあえず、武装の一式は俺が預かる。お前は明日俺と警察に行って、生きていたことを説明しよう」
「説明、できるかなあ」
「何か考えておけ」
「父さん」
鎧と刀と杖を抱えて倉庫に行こうとしていた父が、足を止めた。
「なんだ」
「俺、結婚相手ができたよ」
父の手から装備の数々がこぼれ落ちた。
今にも噛みつかんような勢いで父が顔を寄せてくる。
「あの子達の、誰だ」
「ロングヘアの子」
「あのちょっとおっとりした子か」
「うん」
「……後で聞こう」
そう言うと、父は装備を抱えなおして、部屋を出ていった。
「放蕩息子でも結婚相手は気になるもんなんだなあ」
一馬はそう言って、苦笑いを顔に浮かべた。
しかし、そうのんびりしているわけにはいかない。
こちらの世界の時間の流れはあちらの世界よりゆっくりだ。
ぼんやりしていたら、あの世界の危機に立ち会えなくなる可能性があった。
第七十九話 完
次回『父と母と一馬とシャロと』




