家路
深夜だから、車もまばらだ。
たまに、眩いヘッドライトが一行を照らす。
「なんなんだわさ? 鉄の馬車?」
「にしては馬がいないし速度もこっちのが上だ」
遥は冷静に周囲を見回す。
「なんだ? この世界……」
「多分、俺の生まれた世界だよ」
一馬はそう言って、一歩を踏み出した。
「アテはあるんだわさ? 多分ここじゃリギンは使えないだわさよ」
「実家がある。嫁ができたと知らせようと思う」
「あれ?」
シャロが戸惑うように尻尾がある箇所を眺める。
そして、慌てて帽子を外して頭を触る。
「尻尾と猫耳がない……」
一馬は息を呑んだ。
確かに、シャロの頭には猫の象徴である猫耳が存在しなくなっていた。
「キャロル、あなたはどうだわさ」
静流が自分の猫に話しかける。
しかし、キャロルは欠伸をするだけで返事をしなかった。
「……完全に普通の動物になっちゃってるだわさ」
静流は困ったように言う。
人の姿で入った者は人に。
猫の姿で入った者は猫に。
それぞれ変わってしまったらしい。
「一先ず、俺の家に行ってから考えよう。挨拶して次元突で帰って元通りだ」
「そうだね。私も一馬の育った世界、見てみたいよ」
シャロの言葉が、一馬の心を弾ませる。
「ただ、尻尾と耳は元に戻るかなあ……」
シャロは不安げにそう言った。
家までは早かった。
徒歩三十分の通学路。
車が横を通るたびに一行の歩みは鈍ったが、なんとか目的地に辿り着いた。
家には既に鍵がかかっていた。
チャイムを鳴らす。
「はーい」
声がして、足音が近づいてきた。
引き戸が開き、妹が顔を出す。
その目がまん丸に開かれて、全てを理解したとばかりにうるみ始めた。
「お兄ちゃん!」
そう言って、妹の双葉が抱きついてくる。
「死んだものだと思ってた。もう死亡届けも出てて。皆お兄ちゃんが死んでるって思ってるのよ」
「あー、ってことは俺をおびき出した奴らは」
「逮捕されたわ」
双葉の眉間に、皺がよった。
「お兄ちゃん、獣臭い」
確かに一馬が着ているのは獣の革からできた鎧だ。
それに考えてみれば、前の世界で最後に風呂に入ったのはいつだったか。
「日に当てて乾かしたはずなんだけどな」
「風呂、入って。連れの人も。なに? コスプレ会場にでも行ってたの?」
そう言って、双葉は玄関へと戻っていった。
「お兄ちゃんが帰ってきたよー!」
そんな大声が、ご近所中に響き渡った。
第七十八話 完
次回『結婚報告』




