師と弟子
赤羽刹那は二神一馬の師だ。
だから、互いの癖は嫌というほどよくわかっていた。
しかし、一馬は刹那と違う冒険に何度も身を置いた。
それが、どんな変化を起こしたか、刹那は見極めきっていない。
ただ、剣技が綺麗になった、とは思う。
「耐久戦なら任せろ! 帝都十剣六席、鉄壁の刹那!」
結城が言って、刹那は木刀を両手で構える。
一馬も、無言で木刀を構える。
「開始!」
二本の木刀がぶつかりあった。
攻撃が重い。以前よりもさらに不条理の力を使いこなすようになった。
自分の手を離れても上達する弟子に刹那はこみ上げるものがあった。
木刀と木刀はぶつかり合う。
無駄なラインを削ぎ落とし、適切なラインに木刀を走らせる。
(本当にやるようになった)
刹那は感心してしまう。
あやめを倒すだけのことはある。
だから、少し苛立ちを覚えた。
刹那は数歩後退して、呼吸を整える。
一馬も呼吸を整え始める。
いつの間にか、日が傾いていた。
「それだけの力。あなたが十剣に入ればどれほどの人を救えるでしょう」
「勧誘ですかい、師匠」
「力を持つ者には責任が生じる。あなたは十剣に入るべきなのです」
何故だろう。言えば言うほど、泣きたくなる。
「赤い制服はなくても、心は同じです」
そう言うと、一馬は跳躍して、刹那に斬りかかった。
「一岩斬光!」
それは皮肉にも、刹那が教えた技。
真剣では岩すら斬り裂く一撃。
木刀では受けきれない。
横に、避ける。
一馬の木刀が刹那の左肩の骨を折った。
+++
刹那は、一馬がこちらの世界に転移した当初からの知り合いだ。
一年の修業で寝食を共にした仲でもある。
しかし、彼への恋心は彼と別の道を選んでからやってきた。
刹那は、手にコンプレックスを持っている。
マメができてそれが潰れてもまだ刀を振り続けてできた堅い手。
それを、一馬は綺麗だと言った。
その瞬間、強くなった一馬に惹かれ始めていた刹那は、完全に恋に落ちた。
適当に男を見つけて結婚しようと楽観視していた刹那にとって、これは重大な問題だった。
アプローチの仕方を知らないのだ。
そして、そのまま一馬は結婚を決めた。刹那以外の相手と。
結婚相手のシャロも刹那の親しい友人だ。
ますます複雑な心境になる。
シャロじゃなければ良かったのに。
そうすれば自分は略奪さえできたかもしれないのに。
悩みは募る。
きっと、一生悔い続けるのだろう。
そう思う。
+++
左腕はもう駄目だ。右手に頼るしかない。
しかし、右手一本では相手の腕力に劣る。
治癒はご法度。
右手一本で相手の木刀を反らしながら、ただ耐久を続ける。
勝ち筋が見えない。
相手にだって隙はあるはずだ。
けど、その光明が自分の実力では見えない。
(まだまだ実力向上の余地はあったわけだ)
自分自身に呆れながらそう思う。
慢心していた。
そうなのだろう。
刹那は、木刀を持つ手を下ろした。
一馬は、後退して木刀を構え直す。
そして、戸惑ったような表情で数秒待った。
「構えてください、師匠」
「あなたの勝ちです、刹那」
一馬の顔が怒気に染まった。
「これが実戦で、師匠の傍に仲間がいたらどうするつもりですか! 師匠は俺に言ったはずです。立ちなさいと。仲間を守って戦いなさいと!」
刹那は、はっとした。
そうだ、自分は確かにそんな台詞を吐いた。
今の自分の醜態はどうだ。
帝都十剣に席をもらいながら、戦闘の途中で諦めてしまっている。
刹那は、木刀を持つ右手を持ち上げた。
「これは使用後の硬直時間があるため、あなたには教えなかったし、実戦で使った経験も数えるほどしかない技です」
「それでこそ師匠。俺の実力を引き上げてください」
「いきますよ」
「はい!」
刹那の木刀に光が宿り始める。
「刹那の太刀!」
刹那の太刀。それは他の動作を捨てた高速移動での一撃。
一瞬で刹那は一馬の首に木刀を当てた、はずだった。
しかし、一馬の突きによって、刹那の内臓は破壊され、ついぞ相手に届くことはなかった。
地面に倒れ、血を吐き、キュアーを辛うじて発動させる。
傷の痛みが徐々に和らいでいく。
「よくぞ私を超えました、一馬」
「いえ、師匠の真骨頂は高精度のキュアーを使っての継続戦闘でしょう? キュアーなし縛りの時点で俺に有利です」
一馬は、淡々とした口調でそう言う。
「まだまだ俺の実力不足です、師匠」
「そうですか……」
涙が出てきた。
弟子には情けをかけられ、恋にも敗れる。
そして、シャロを見て、思う。
(いつしか私にも現れるだろうか。この人しかいないって人が)
目を閉じて、キュアーの温もりに身を任せる。
(出会うのが遅かったら嫌だな)
苦笑交じりに思う。
「勝者、一馬!」
拍手喝采が起こる。
二公を撃破した実力は伊達ではないと誰もが思ったことだろう。
「私まで誇らしいです、一馬」
「師匠あっての俺です」
(最後までこの子らしいな……)
結婚式は盛大に祝おう。そうと決めた刹那だった。
こうして、戦闘は終わった。
リングでシャロを抱き上げる一馬に、喝采が巻き起こった。
第七十五話 完
次回『月夜』




