居合使い
戦闘の後、しばしの休憩がもうけられた。
一馬はシャロの運んできた水を飲み、次の戦いに挑む。
リングの上に戻り、木刀を杖のように地面に突き立て、相手を待つ。
「帝都十剣、第七席、スピカ!」
スピカが立ち上がり、リングに上がった。
スピカの情報は多少一馬にもある。
教えを乞うたこともあるぐらいだ。
結局技は盗めなかったが、剣の特徴は覚えたつもりだ。
スピカは早速木刀を引き、左手で掴んで持ち手に右手を添えた。
居合の構え。
そこから放たれる飛燕こそが彼女の必殺技。
しかし、飛燕対策は一馬の中でできあがっていた。
「始め!」
結城が言う。
その瞬間、スピカの木刀が舞っていた。
鳥の影が大地を走る。
その一つ一つが、見えない刃の影なのだ。
一馬はその影を見て、地面に向けて木刀を振り下ろした。
ガラスの割れたような音がした。
飛燕は消え去ったが、一馬は無傷だ。
スピカは第二撃に向かって木刀を引く。
その一瞬で、一馬はスピカに接近していた。
居合が放たれる。
それを、一馬は先読みして防いだ。
二つの木刀が、空中でぶつかりあって折れた。
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自分が勝てば一馬は結婚しない。
そうと聞いて、スピカは馬鹿らしいと思った。
どの道、亜人であるスピカと一馬は結ばれない。
それに、シャロと一馬のコンビの方がお似合いというものだ。
だというのに、何故だろう。
いざリングに立つと、負けたくないと思っていたスピカがいた。
それは、感情の薄いスピカが初めて抱いた淡い淡い想い。
無情にもそれは、木刀と共に砕け散った。
+++
折れた木刀がスピカの首をなぞる。
その瞬間、結城は片腕をあげた。
「勝者、一馬!」
歓声が上がる。
一馬は、心配そうにスピカの首筋を見た。
「傷、ついてないですか?」
「大丈夫。これぐらいなんてことない」
多少肌に傷はついているかもしれないが、致命傷には程遠い。
「やっぱり強くなったね、一馬」
ぼんやりとした調子で言う。
本当に言いたいのは、別のことなのに。
「自分でも驚いています」
そう言って、一馬は苦笑する。
(この表情、好きだな……)
スピカはそう思うが、伝えてももう遅い。
「幸せになりなね」
次があるならば、同じ失敗はしないようにしよう。
そう思いながら、スピカはリングを降りた。
入れ替わりにリングに上がるのは、帝都十剣第二席。鬼龍院あやめだった。
+++
「結婚できなくても嘆くことはないわ」
あやめが、妖しく微笑んで言う。
「どういう意味ですか?」
一馬は、警戒心を篭めて言う。
「私が結婚してあげる」
「残念ながらお断りします」
そう言って、一馬は新たな木刀を構えると、前進した。
第二席の情報は事前に仲間から収集している。
それによると、第七席と同じように、居合使いだということだった。
ならば、居合のモーションに入らせるのはまずい。
一馬はあやめに木刀を振り下ろした。
その時、一馬は背筋が凍る思いを覚えた。
あやめは、既に居合の準備を完了させていた。
「一閃血路!」
あやめの木刀が放たれる。
一馬は、結界を張った。
しかし、駄目だ。
一瞬で割れそうになった結界を木刀で支えるので精一杯だ。
そして、あやめは二撃目のモーションに入った。
速い。
動きに隙がないということか。
しかし、一閃血路の連発はできないと静流から聞いている。
一馬が結界を張り直したのと、あやめの二撃目が放たれるのは同時だった。
結界が割れる音がした。
後退していたのが幸いして、腹部を木剣をかすめていく。
しかし、無理な後退に体勢が崩れた。
しめた、とあやめは舌なめずりしている。
あやめの木刀が振り下ろされようとしていた。
+++
鬼龍院あやめは帝都十剣の第二席である。つまり、単純に言えば十剣で二番目に強いということだ。
しかし、一席の壁は厚すぎた。
第一席、天道寺結城はまさに天才で、いかなる任務もいかなる敵も尽く楽々と過去のものにしてきた。
彼と接戦をした青年がいると聞いた時、あやめは一馬に興味を持った。
会ってみると、純朴な青年といった感じだった。
そんな風にはとても見えなかった。
しかし、歩き方や身のこなしから強いのだということは漠然としてわかった。
あやめは、一馬を抱く機会があった。ありながら、見逃した。
どうしてかわからない。
純情な彼に、少し好意を抱いていた感は否めない。
そして、今日という日がきた。
あやめは戦う。
私の方を見てよ、と言わんばかりに。
+++
一馬の木刀が、あやめの腰を叩いていた。
「どういう身体能力よ。あの後退から前のめりに移行するなんて」
あやめは木刀を下ろすと、呆れたように言う。
「不条理の力は俺も体得してるんで。あと、あの一瞬だけ隙が見えたんです」
「そうか。勝ちにせいたか。居合だけに集中していれば君の手詰まりだったかもしれない」
「そういうことですね。居合の動作が素早すぎて、対応しきれないなって思ってたのが本音です」
「しくったなあ……」
そう小声で言うと、あやめは木刀を肩に担いだ。
「次でラストだ。精々頑張るんだよ」
「もちろん」
一馬は元気たっぷりに言う。
(あーあ。何年も前から強い男と結婚したいって思ってるのは私なのにな)
一瞬だけ、一馬を心配そうに眺めるシャロに視線を向ける。
(けど、こいつらはこの相手とじゃないと嫌で、それが絆なんだろうな)
あやめは、一馬に背を向けて、リングを降りた。
(まだまだ勉強しなきゃいけないことばっかりだ。サキュバスの子孫失格だな、私。それとも)
一度だけ、一馬に振り向く。
(人間の血が、躊躇いを生じさせたのかな)
わからないところだった。
リングには、一馬の師、赤羽刹那が向かっていく。
第七十四話 完
次回『師と弟子』




