一馬対十剣
試合は昼間から始められた。
観客は多く、村の外に作られた特設リングが戦闘の舞台になる。
当初の予定を超えて人が集まったので、立ち見の人も多い。
「二神一馬!」
結城に呼ばれて、一馬は木刀を持って立ち上がる。
歓声が上がった。
七公のうち二公を屠った男。評判にならないわけがない。
その対面では、朝が弓矢を持って座り込んでいた。
赤い上着は帝都十剣の証。
「帝都十剣第九席、雲野朝!」
再び歓声が上がる。
朝は立ち上がると、数度弓の弦を引いて調子を確かめた。
腰には木剣がある。
「一馬は結婚できるのか? 第一試合、始め!」
朝は空中に何本も矢を射った。
その間に、一馬は朝の懐に入る。
木刀が走る。勝った。そう確信した一瞬だった。
嫌な予感がして、一馬は数歩退いた。
「アローレイン!」
数百の光の矢が降り注ぐ。
土煙がたって、周囲はなにも見えなくなった。
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結婚を懸けた戦い。そう聞いて、朝は悩んだ。
一馬に惹かれている。それは朝の素直な気持ちだ。
しかし、一馬は既に婚約者がいた。
「遠慮なく邪魔しましょう」
あやめは張り切って言う。
そして、悩みながらも、朝は戦いの舞台に立った。
その瞬間、十剣としての誇りがそうさせるのか、朝は負ける気がなくなっていた。
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再びアローレインの発射体勢に移る。
土煙が引いてきた。
リングの上で、一馬は二本の足で立っていた。
結界。しかし百の矢を防ぎきったのか?
驚愕で矢が一本明後日の方向に飛んで行く。
それを、結城は常人を凌駕した動きでキャッチした。
一馬は前へと前進する。
その時、朝は弓と矢を投げ捨て、木剣を取っていた。
その瞬間、雲野朝はもう一人の人格、雲野夕になっていた。
自分の多重人格を受け止めてくれた人。変わらず優しく接してくれた人。出会う順番が違えば愛したかもしれない人。
そんなことは構わずに、十剣としての本能が木剣を動かす。
「千本桜!」
夕が叫び、千の突きが相手に向かって放たれる。
一馬は結界を張るが、徐々にヒビが入っていく。
その瞬間、夕は突きの感触を失った。
一馬は、夕の横に移動していた。
そして、腹部に木刀を走らせる。
千本桜は強力だが、一撃必殺の技故に耐えられた後の対策が練られていない。
その隙を突かれた結果だった。
木刀で腹部を叩かれて、夕は膝から崩れ落ちた。
「そうか。これが負けか」
夕は荒々しい呼吸を整えながら、苦い顔で言う。
「紙一重だ」
そう言って、一馬は肩に木刀を担いだ。
髪の毛の金の部分が透けて、ライオンみたいだなと思った。
(そっか。手、届かないんだ)
それは、実感。
相手と自分の道が分かたれるという実感。
彼と一緒に暮らす未来は存在しないのだと思い知った。
悔しくはない。
むしろ、清々しかった。
第七十三話 完
次回『居合使い』




