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一馬対十剣

 試合は昼間から始められた。

 観客は多く、村の外に作られた特設リングが戦闘の舞台になる。

 当初の予定を超えて人が集まったので、立ち見の人も多い。


「二神一馬!」


 結城に呼ばれて、一馬は木刀を持って立ち上がる。

 歓声が上がった。

 七公のうち二公を屠った男。評判にならないわけがない。

 その対面では、朝が弓矢を持って座り込んでいた。

 赤い上着は帝都十剣の証。


「帝都十剣第九席、雲野朝!」


 再び歓声が上がる。

 朝は立ち上がると、数度弓の弦を引いて調子を確かめた。

 腰には木剣がある。


「一馬は結婚できるのか? 第一試合、始め!」


 朝は空中に何本も矢を射った。

 その間に、一馬は朝の懐に入る。

 木刀が走る。勝った。そう確信した一瞬だった。

 嫌な予感がして、一馬は数歩退いた。


「アローレイン!」


 数百の光の矢が降り注ぐ。

 土煙がたって、周囲はなにも見えなくなった。



+++



 結婚を懸けた戦い。そう聞いて、朝は悩んだ。

 一馬に惹かれている。それは朝の素直な気持ちだ。

 しかし、一馬は既に婚約者がいた。


「遠慮なく邪魔しましょう」


 あやめは張り切って言う。

 そして、悩みながらも、朝は戦いの舞台に立った。

 その瞬間、十剣としての誇りがそうさせるのか、朝は負ける気がなくなっていた。



+++



 再びアローレインの発射体勢に移る。

 土煙が引いてきた。

 リングの上で、一馬は二本の足で立っていた。

 結界。しかし百の矢を防ぎきったのか?


 驚愕で矢が一本明後日の方向に飛んで行く。

 それを、結城は常人を凌駕した動きでキャッチした。


 一馬は前へと前進する。

 その時、朝は弓と矢を投げ捨て、木剣を取っていた。

 その瞬間、雲野朝はもう一人の人格、雲野夕になっていた。

 自分の多重人格を受け止めてくれた人。変わらず優しく接してくれた人。出会う順番が違えば愛したかもしれない人。

 そんなことは構わずに、十剣としての本能が木剣を動かす。


「千本桜!」


 夕が叫び、千の突きが相手に向かって放たれる。

 一馬は結界を張るが、徐々にヒビが入っていく。

 その瞬間、夕は突きの感触を失った。


 一馬は、夕の横に移動していた。

 そして、腹部に木刀を走らせる。


 千本桜は強力だが、一撃必殺の技故に耐えられた後の対策が練られていない。

 その隙を突かれた結果だった。


 木刀で腹部を叩かれて、夕は膝から崩れ落ちた。


「そうか。これが負けか」


 夕は荒々しい呼吸を整えながら、苦い顔で言う。


「紙一重だ」


 そう言って、一馬は肩に木刀を担いだ。

 髪の毛の金の部分が透けて、ライオンみたいだなと思った。


(そっか。手、届かないんだ)


 それは、実感。

 相手と自分の道が分かたれるという実感。

 彼と一緒に暮らす未来は存在しないのだと思い知った。

 悔しくはない。

 むしろ、清々しかった。



第七十三話 完



次回『居合使い』

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