勇者の資質
一条神楽と一馬は、少し話した経験がある。
それは、神楽も転移者だったということからだ。
西暦何年から飛んできたのか、だとか、流行りのアーティストはどうなっただとか、そんなことを話し合った。
だから、わからない。
何故、神楽は裏切ったのか。
翌朝に起きると、結城の妻が料理を作っている最中だった。
目の下に隈がある。
寝ていないことは明らかだった。
「結城さんは……?」
「まだ、帰ってきてないわ」
結城の妻は弱々しい声で言った。
「だいじょーぶよ、だいじょーぶ」
テーブルで酒を飲んでいるあやめが言う。
「今日、私とスピカが皇帝陛下に謁見の許可を得たから。どういうことか調べてくる」
あやめの横では、新十郎がテーブルに突っ伏していた。
「あんたが不安を抱えてたら、お腹の子供まで不安になる。だから、気をしっかり持つんだ」
「……本当、そうですね。ありがとうございます」
そう言って、結城の妻は気丈にも微笑んだ。
「まあ、勇者が町に潜んでるから探しているとかそんな感じだろう。あいつも相当なワーカーホリックだからね」
そう、あやめは呑気に言うと、グラスを一気にあおった。
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あやめ達は城に行き、三十分もしないうちに帰ってきた。
「一馬。ちょっと手伝ってくれる?」
予想外の言葉に、一馬は戸惑う。
「ちょっと難儀なことになってね」
あやめは、小声で言う。
「シャロ。俺の代わりに刀の受け取り行ってくれるか?」
「いいよ。任せて」
そうして、一馬はあやめとスピカに連れられ、城へと向かった。
初めて見た時は圧倒されたこの巨大な城だが、今では随分と慣れた。
地方の学生が都会に馴染むのもこんな感じなのかもしれない。
皇帝の間に入ると、玉座で皇帝が難しい表情をしていた。
その横には、神楽がいる。
「難しいことになっている」
皇帝は、短く言った。
「はっ」
一馬、スピカ、あやめは膝を折る。
「神楽は、結城に襲われたと言っている。結城は、神楽に襲われたと言っている。二人の証言は不一致だ」
「それで、結城さんは?」
「今は城の牢に入ってもらっている。申し訳ないことだが、混乱は避けねばならん」
「神楽の言うことを信じるということですか?」
「そうではない」
皇帝は目を伏せる。憂いの篭った表情だった。
「あらためて、証言を聞きたい。十剣ではないお主の証言を」
「昨晩のことを話せば良いのですか?」
「うむ。お主に来てもらった要件はそれだ」
一馬は語った。仮面の襲撃者。魔物に連れられてきた結城の妻。光刃同士がぶつかりあう熱戦。
「仮面、か」
皇帝は呟くように言う。
「確かに現場には仮面の欠片がありました」
側近の一人が言う。
「しこみです」
神楽が表情も変えずに言う。
「仮面を割ってその場に置いておいたのでしょう」
「俺達がそんなことをするメリットはなんだ?」
「十剣のブランドを維持するためでしょう」
神楽は、歌うように言う。
「勇者がいては十剣の存在意義は減る。それに彼は耐えられなかったのでしょう」
「それはあなたにも言えることではなくて?」
あやめが、視線に憎悪を篭めて言う。
「十剣がいれば勇者の存在意義は減る。あなたが国を思うがままにしたいならば、十剣はどうあっても邪魔になる」
「ううむ……」
皇帝は唸った。
その時、窓から侵入者があった。
「その勇者、紛い物だぜ」
そう言って降り立ったのは、雲野夕だ。
「勇者の剣の刺さっていた岩を見に行った。粉々に破壊されていた。あれじゃ勇者じゃなくても剣を取るのは簡単だ」
ざわめきが起こる。
「そして、あの魔力で守られた岩を破壊できるような人物がいるとするならば……魔界の七公」
ざわめきが大きくなる。
皇帝が、縋るように神楽を見た。
その時、神楽は既に剣を抜いて、振り下ろそうとしていた。
あやめが短剣を投げ、神楽はそれを弾く。
スピカが皇帝を抱き上げて離れ、一馬が神楽に突進する。
押し倒してマウントポジションを取り、両手を抑え動きを奪う。
その隙にあやめがやってきて、刀を抜いた。
その時、覇者の剣が輝き始めた。
神楽も戸惑うように剣を見る。
衝撃波が放たれて、一同吹き飛ばされた。
覇者の剣は空中に浮いている。
そして、一直線に一馬めがけて飛んで来た。
一馬の前で、覇者の剣は動きを止めた。
「勇気を持ちて人々を救う者。勇者。そうか、まさしく彼こそが……」
「認めない!」
皇帝の声を、神楽が遮る。
「私の存在意義まで奪わないで!」
神楽が駆けてくる。
結城に勝てないのがよくわかる。不条理の力も使っていない、普通の速度の駆け足だ。
一馬は覇者の剣を掴んだ。
そして、神楽の首に突きつけた。
「終わりだ、偽物勇者。俺は自分が勇者だとは思わないけれど、善悪はわかる」
「認めない、認めない、認めない……!」
窓から影が飛んできて、神楽を掴んだ。
そして、そのまま、窓の外へと飛んで行った。
「二神一馬! お前は絶対に許さない! 苦しんで死ぬと私が予言しよう!」
「……死ぬときゃ苦しいもんだ」
ぼやくように、一馬は言うと、皇帝に覇者の剣を差し出した。
「これは俺が持つにはできすぎた剣です」
「いや」
皇帝は微笑んでいた。
「そなたこそが、勇者だ」
第六十八話 完
次回『疑惑は深まる』




