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十対三千

「随分統率の取れた行動をしている」


 見張台から感心するように結城が言う。

 一馬は、魔物の群れに圧倒されるばかりだ。

 南門の前だけでも五百は超えるだろう。それが合計三千体で四方の門を狙っているという。

 本当に、この数の魔物を十人で倒すのだろうか。

 前列にはギガスの群れもいる。


「わかるか、一馬」


 結城は問う。


「わかりません」


 長方形の陣を組んでいるのはわかるが、それがなにを意図しているのかわからない。


「門をぶち破ってそのまま突進しようという腹だ。舐められているとも言えるな」


「他の門は?」


「同じ状況のようだ。そろそろ敵が動く。俺も持ち場へ行く。お前はお前の持ち場へ行け」


「はい!」


 一馬は威勢よく返事した。

 その肩に、結城の手が添えられる。


「死ぬなよ」


「……死にたくないっす。けど、やるしかないっす」


「覚悟を決めているのは良いことだ。気負い過ぎぬようにな」


 そう言って、結城は屋根の上に飛ぶと、そのまま駆けていってしまった。


「すげー速度」


 呆れたように言う一馬だった。

 一馬も、見張台から降りて門の上に着地する。

 

 遥、刹那、新十郎、シャロ。

 今回の作戦で戦闘を共にする仲間達が揃っていた。


「それじゃ、やりますか」


 一馬は、あえて普段と変わらぬ口調で言う。


「そうだな、やってやろう」


「どうした遥。言葉が少ないな」


「緊張してるんだ」


「ほぐしてやろうか?」


 新十郎が悪戯っぽく言う。

 遥は疑わしげに新十郎を見ていたが、そのうち苦笑して視線を逸した。


「なんか凄い身の危険を感じるので遠慮しておきます」


「それは残念。行こう」


 一馬達は、門の外へと降り立った。

 逃げる場所はない。

 前に集まる魔物達を蹴散らすだけ。


「いけるな、遥」


 新十郎の言葉に、遥は頷いて刀の柄に手を添えた。

 魔物達が突進してくる。


「もう少し……もう少し引きつけないと全体は巻き込めない」


 一馬は息を呑んで待つ。

 遥の刀が鞘から放たれる瞬間を。



+++



 東門では雲野朝が粘土をこねるように空中に足場を作っていた。

 不条理の力を使った固形の空気。

 それは宙に浮いて、足場になる。


「まだそんなことをしているの?」


 スピカは呆れたように言うと、朝を腰に抱えて見えない壁を数度蹴って空中へと飛んだ。

 そして、作り出した見えない床に朝を下ろした。


「ありがとう。苦手なんだ、足場作るの。なんか怖くて」


「それでよく無敵の九席を名乗れるね」


「強いのは私の別人格だから……」


「そういえば九席は多重人格者だっけ」


「けど、それを個性と言ってくれる人もいた。それから、私の修行へのモチベーションは増えて、新技を開発するに至った」


「そっか」


 スピカは苦笑する。


「誰だかわかる気がするよ」


 そう言うと、スピカは地面に飛び降りた。

 着地する。


 今の世の中、亜人への偏見は少なくない。

 性欲に任せて作られた動物とも人間ともとれない生物。

 しかし、それをいともたやすく受けとめてくれる人がいた。

 一馬だ。


 彼ならばきっと、スピカを悪くは扱わないだろう。

 優しくしてくれるだろう。

 それを思うと、胸が苦しくなる。


(さて、感傷に浸るのはこれまでだ)


「来るよ!」


 スピカが叫ぶ。


「は、はい!」


 魔物の群れが前進を始めた。

 前列はギガス部隊。そのまま城門を破壊しようという腹だろう。


「引きつけて! 私の技の範囲に最後尾が収まるまで!」


「いつでも放てます」


 四足獣が列から抜け出てスピカを襲う。

 それを、スピカは次々に斬り伏せていった。


「五」


 スピカはカウントダウンを開始する。

 そして、ついにそれは終焉を迎えた。


「集まれ、集まれ!」


 そう叫び、朝は矢を放つ。

 空中で矢が静止し、光を放った。

 そこに、次々に矢が射られ吸収されていく。


 光は膨れ上がっていき、ついに爆発した。


「アローレイン!」


 爆発の中から光の矢が数百と地面に落下した。


「やるね」


 スピカは微笑むと、刀を鞘に収め、集中力を練った。

 予定より前進されたが、それは朝がカバーしてくれた。

 そして、スピカは居合で虚空を斬る。


「飛燕」


 見えない幾百の刃が、敵軍に大きな穴を作った。

 普通の人間ならば不可能だろう。

 しかし、二人は王都十剣。

 一騎当千の強者だ。


(もう一撃……!)


 そう思ったが、ギガスに襲われてスピカは宙へと飛んだ。

 そして、棍棒を振り下ろして項垂れた相手の頭部を破壊する。


 思ったより接近された。

 飛燕の攻撃範囲は近づくほど狭くなる。

 後方の集団は殲滅できたが、先頭集団を討ち漏らしていたということだ。


「アローレイン!」


 光の矢が飛び交う中、スピカは近距離戦闘へと意識をスイッチした。



+++



「ねーねー、あんたって一馬好きなの?」


 戦闘前にしては呑気な台詞を聞いて、静流は戸惑った。


「あんな呑気ヅラごめんだわさ。私が好きなのはもっと渋いオッサンだわさ」


「あー新十郎みたいな?」


「むさいのも嫌いだわさ」


「贅沢言ってたらいつまでも結婚できないよー」


「最近一人でもいいかと思ってるだわさ」


「えー、寂しいよ、きっと」


「けど、今は仲間がいる」


 あやめは、きょとんとしていたが、そのうち微笑んだ。


「そっか」


 敵軍はまだ動かない。他の方向では戦闘が始まったのが音で聞こえてくるが、こちらは静かなものだ。


「じゃ、やろっか」


 あやめはそう言って、刀を鞘に収めた。


「サンドイッチ、でしたっけ」


「うん。私の一閃血路は直線の技だ。それを囲むように魔術を放ってくれればいい」


「上手くいくかなあ」


「生き残る可能性がない戦いにあんたは参加しない。そうでしょう?」


(見透かされてるなあ……)


「それじゃあ行くわよ!」


「了解だわさ!」


 あやめは刀の柄に手を添える。

 そこから放たれる殺意に、静流は逃げたくなった。

 それは紛れもなく、静流が今まで感じた中で一番の殺意だった。


「一閃血路!」


 居合のモーションから巨大な光刃が放たれる。

 それは、敵陣を長方形に切り取った。


「風の精よ、炎の精よ、今こそ怒りを放ちて荒れ狂え! 合成魔術ファイアストーム!」


 炎があやめの討ち漏らした魔物を燃やしていく。

 あやめが目を丸くした。


「あんた……普通の人間じゃ、ないね?」


 その声は、張り詰めていた。


「私はちょっと魔術が使える一般人だわさ」


「エレメンタルマスターだって今の技は使えないわよ。あなたは、飛び抜けすぎている」


(手札を見せすぎたか……)


 後悔先に立たずだ。


「……来るわよ」


 あやめが、物憂げに呟いた。

 剣を持った一人が跳躍して飛びかかってくるのがわかった。

 静流は咄嗟に炎の壁を作る。


 相手はそれを突破した。


(結界?)


 戸惑いながら思う。

 そして、静流は相手を見て硬直した。

 黒い猫耳に黒一色の服。オッドアイの目。

 彼女は、シャロの姉の特徴に一致しすぎていた。


 あやめと敵の刀と剣がぶつかりあう。


「十剣も気が抜けていると見える。切れ味を重視した耐久力に劣る剣だ」


「技術でどうにかしてるのよ! その首掻っ切って晒してくれる!」


 剣と刀は幾重にもぶつかりあう。

 静流は躊躇ったが、術を放つことにした。


「合成魔術、メテオストライ……」


 詠唱は完了できなかった。

 静流に向かって短刀が飛んできたからだ。


 それは、腹部に突き刺さった。

 静流は血を吐いてその場に蹲る。


「門の中に入って! 後はこの場は私が引き受ける!」


 そう言って、あやめは剣を鞘に収めた。

 得意の居合で勝負するつもりだ。

 敵はそれを意にも介さず飛びかかってきた。


 退くことしか静流に道はなかった。



+++



 剣を杖のようについて、結城は敵の軍勢を眺めている。


(多いな……)


 それが率直な感想だった。数字を聞くよりも実際に見たほうがわかりやすいというものだ。


(けど、なんとかできない数じゃない)


 結城は剣を地面から抜いた。


「我は王都十剣が第一席、天道寺結城! 退くなら追わぬ。死を覚悟した者のみ挑んでくるがいい!」


 叫び声が周囲に響き渡る。

 敵軍はしばらく硬直していたが、鐘が鳴った。

 敵が前進を始める。


 ならば、こちらも対応するだけだ。

 結城は剣に力を込めた。

 光が剣に集まってくる。それはいつしか、巨大な刃へと変わっていた。


 巨大な刃は周囲を斬り裂き、ついに敵の軍勢へと触れた。その先から、敵が蒸発していく。

 そして、その場には一人もいなくなった。

 はずだった。


 馬に乗った一人が、その場に残っていく。

 その体躯は巨大で、筋肉ではちきれんばかりだった。


(魔族公……!)



「魔族公とお見受けした! 尋常に勝負!」


 そう言って、結城は敵のいなくなった大地を一瞬で駆ける。

 魔族公は、巨大な首切り刀を振り回すと、馬の手綱を引いて突進してきた。



+++



「他の場所での戦闘が終わってきてる!」


 シャロが四足獣の腹を蹴り飛ばしながら言う。


「じゃあ援護を期待していいわけか?」


 空中に浮かぶ八本の剣を自由自在に操りながら、新十郎が言う。

 八本の剣は次々に鮮血を周囲に飛び散らせた。


「元よりこの面子に期待されているのは耐えることでしょう。継続戦闘能力ならこのパーティーが一番高い」


 刹那がギガスの首を断ち、着地しながら淡々とした口調で言う。


「第三撃、放てます!」


 遥が言う。

 全員、遥の前から移動した。


「飛燕!」


 見えない刃が多数の敵を屠っていく。

 随分敵が減ったが、それでも数百は残っているだろう。

 再び、遥を守るように皆が位置どる。


「こうも接近されては、飛燕では……」


 遥が悔しげに言う。


「けど、確実に数は減らしている」


 一馬は、励ますように言う。


「全員で生き残ろう!」


「おう!」


 その場にいる仲間の声が、一つに重なった。



第六十三話 完




次回『勇者 一条神楽』

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