一時の休憩
敵より大分先に着いてしまったらしい。
一馬一行には部屋が用意され、そこでしばしの休憩をとることを許された。
「にっせんまん。にっせんまん」
静流が上機嫌に歌っている。
今回の報酬は二千万だと決定したのだ。
そういえばこいつはドラゴンの卵奪取作戦でも二百五十万リギンしか与えられなかったな、なんてことをぼんやりと思い出す。
「うーむ……」
遥が聞こえよがしに唸る。
「どうした?」
一馬は問う。
膝には、猫モードのシャロが乗って撫でられている。
シャロの喉を鳴らす声が周囲には響いていた。
「俺の飛燕の範囲。把握しているつもりではあるんだが、どこまで届くか試したことはない。イメージが現実に匹敵するかどうか」
「匹敵するさ」
「何故言い切れる」
遥は少し苛立ったように言う。
「遥も歴戦の勇士だからさ。王都十剣に認められるぐらいのな」
遥は虚を突かれたような表情をした後、顔を真赤にして黙り込んだ。
平和なものだと思う。
魔物の群れが近づいてきているなんて信じられないほどに。
世界最後の日も、こんな感じなのかもしれない。なんてことを思う。
「なに考え込んでるんだわさ?」
「いやな。世界最後の日もこんな感じで直前までは穏やかなのかなって」
「わからないところだわさね。けど、言えることはあるだわさ」
「なんだ?」
「人生最後の日も、きっとこんな感じだわさ。年老いた私達は、数時間後に体にガタがくることにも気づかずに呑気してるだわさ」
その一言で、背筋が寒くなった。
「……姉さんはあの中にいるのかにゃ」
シャロが、呟くように言った。
「いるとしたら、範囲攻撃ぐらい回避してしまうだろう。結構な手合だった」
一馬の言葉に、シャロはしばし考え込んだ。
「そうだにゃ」
そう言って、シャロは寝始めた。
猫は気ままなものだと思う。
少しの不吉な予感を覚えつつ、一行は時間を潰した。
その時、ラッパが鳴った。
「敵軍、来襲ー!」
「敵軍、来襲ー!」
複数の叫び声が廊下に響いていく。
一馬は、刀を抜いて、その刀身に写る自分の顔を見た。
(父さん、母さん、ごめん。俺は、死ぬかもしれない)
心の中でそう呟いて、一馬は苦笑した。
(今に始まったことじゃないか)
そして、一馬は刀を鞘に収め、立ち上がった。
シャロは人間モードになり、静流は杖を片手でついて、遥は毛革の鎧の位置を整えていた。
「行こう」
一馬の一言に、一同頷く。
絶望の中から希望を掴み取る。そんな戦いが始まろうとしていた。
第六十二話 完
次回『十対三千』




