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火竜の卵を奪取せよ

「あなたにしか頼めないこと。それは、火竜の卵を奪取することです」


「火竜?」


 シャロが戸惑うように言う。


「この前のオークロードの時も思ったけど、そういうのって人里に来ないんじゃないっけ」


「例外が発生しているようなのですよ。特に、国の北側で重点的に。竜の巣はここから北の森を抜けた山の洞窟内部にあります。この情報を調べるだけでも一人死んでますけど」


 ギルドの受付嬢は微笑みを崩さずに言う。


「あなたなら、大丈夫ですよね?」


 そう言われて、少し気後れした。

 シャロが、試すように一馬の顔を見る。

 一馬も、相談するようにシャロの顔を見る。


「ちなみに、成功報酬は?」


 シャロが問う。


「二百五十万リギンです」


 シャロは肘をテーブルに乗っけた。


「もっと出せるでしょう? 火竜の卵なんてオークションに出せば美食家からブリーダーまで手広い好事家が集まるわ。二百五十万は確かに一般的な尺度じゃ安くはないけど、命を懸けるには安い」


 受付嬢は微笑んだまま考えていたが、そのうち表情を崩さずに一つ溜め息を吐いた。


「これ、他の人には秘密ですよ?」


 二人は頷く。


「一千万リギンでどうでしょう」


「乗った」


 シャロは今度は即座に言った。

 勝ち気に微笑む表情のなんと可愛らしいことか。


「しかし、卵を奪いきらない限りこの報酬は支払われないのでその辺りはご了承ください」


「十分。地図を出すからどこ辺りが洞窟なのか印をつけてくれる?」


 シャロはそう言って、一馬の鞄から地図を出す。

 受付嬢はよどみない動作でバツ印を書いた。


 北の森をさらに抜けた奥。山の麓。

 それはもしかして、魔物の世界と一馬達の世界の狭間のような場所なのだろうか。


 その日は、依頼を受けて宿に泊まった。

 深夜に、ノックの音を聞いて目が覚めた。

 シャロは黒猫状態で床に寝ている。

 その上に布団をかけて隠し、一馬は部屋の扉を開けた。


 荒くれ者達が数人、赤い顔をして立っていた。


「なんの御用でしょう?」


「俺達も頼み込んで火竜の卵回収の手伝いをさせてもらうことになった。無報酬だがな。親睦会といこうじゃないか」


「いいですけど、俺、未成年だから飲めませんよ」


 笑い声が上がる。


「これはいい子ちゃんだ」


「はは、真面目な奴だなあ」


「本当にこいつが十剣クラスの剣士なのか?」


 酔いも手伝ってか、からかいの言葉は加速する。

 一馬は、苦笑するしかない。

 不快感を表に出すこともできる。しかし、余計な敵を作らぬことだとは師の言葉だ。

 多少の恥をかけど、敵対するよりも利用する方がよほどいい。


「まあ、牛乳でお供しますよ」


「そうこなくっちゃ!」


 背中を勢い良く叩かれる。

 鎖帷子も着てない背中にその一撃は紅葉のような痕跡を残しただろう。


 一馬は扉の鍵を締めて、夜の町へと繰り出した。


「いやあ、酷いもんでよ」


 酔っぱらいの一人がぼやくように言う。

 肩幅が広い、ドワーフのように小柄な男だ。


「若い夫婦が子供が飛竜にさらわれたって泣きながらギルドで頼みまくってるのよ。ちょっと怖いけど、見てらんなくなるよな」


「卵を奪えば、火竜は去るでしょうか?」


「去るでしょう」


 眼鏡をかけた、細身の男が言う。


「子育てには安定した空間が必要だ。人里近くは安定した空間には程遠いと火竜は学ぶでしょう。今は餌場としか思っていないのでしょうがね」


「……これ以上好き勝手やられる前に、手痛いカウンターアタックを決めてやらないとな」


 そう言って、一馬は拳を握り込む。


「その調子よ。頼むぜ、十剣候補」


 肩幅が広い男が言って一馬の背中を叩こうとする。それを、一馬は数歩駆けて避けた。


「そんなんじゃないですよ。師は首都十剣の第六席ですが」


 どよめきが起こる。


「冗談交じりで言っていたが、十剣の直弟子なのか?」


「まあ、そうなります」


「こりゃマジで未来の十剣候補じゃねえか。お前、いいとこのお坊ちゃんか?」


「正直に言っていいですか?」


「いいいぞ」


「家なし彼女いない歴イコール年齢親なし剣が一本食費は一ヶ月分足らずの貧乏人童貞です」


 沈黙が漂った。


「よし、明日は一馬くんのためにも勝つぞ!」


「おおー!」


 威勢のよい声が上がった。


「弱い奴らが集まって、馬鹿みたいだわさ」


 頭上から、声がした。

 宿の二階のようだ。

 扉を開けて、まだ思春期を迎えたかどうかという少女が顔を出している。


「なんだとーお前!」


「ここへ来て俺達を相手どれるのか?」


「そうだわさね……」


 少女は目を細める。

 その目が、不意に一馬を見て止まった。


「そこの少年」


「はい」


 咄嗟に、一馬は答える。


「そこの少年以外なら私は複数人でも相手にできるだわさ」


「こいつ……俺達の力量を一瞬ではかりやがった?」


 肩幅の広い男が戸惑うように言う。


「こう見えて百戦錬磨なんだわさ。夜歩きしてないで明日に備えてさっさと寝なさい」


 そう言うと、少女は窓の扉を閉めた。


「なんだったんだ……?」


「まあ飲み直そうぜ」


 荒くれ者達は夜の町を行く。


(俺も寝て明日に備えたいなあ……)


 一馬はそんなことを思う。


「それにしても一馬。お前さんは不思議な髪をしているな」


 眼鏡の男が言う。


「はい?」


「肩甲骨まである髪だが、首ぐらいの位置までは金色で、そこから上は黒色だ」


「それは俺も気になっていたところよ」


「ああ」


 邪魔っけになって後ろで縛っている髪だが、一定部分は金色だ。


「たんに、染めてただけですよ。俺が前に暮らしていた国にはそういう技術があった」


「エルフのなりかけみたいだな」


「奴らは緑ですけどね」


 そう言い合いながら、夜はふけていった。



第六話 完

次回『師は教えてくれなかった』

今日は早朝から昼頃にかけて五話更新します。

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