第六席の訪問
弟子が領地の整備に苦心しているらしい。
そうと聞いて、赤羽刹那はなにか手伝えないかと思った。
結論として、差し入れをしようというものになった。
腐りづらい食料を馬車に積んで、進んでいく。
旅をすること三日間。目的地に辿り着いた。
作りかけの屋根がいくつも見えて、順調に工事が進んでいることが伺える。
「あの少年が今や立派な領主か」
感慨深いものがある。
師として過ごした一年は無駄ではなかったということだ。
そして、刹那は門から中に入った。
シャロが目ざとく駆け寄ってくる。
「刹那ー!」
「シャロ」
刹那は馬車から降り、シャロを抱きとめる。
シャロはどういうわけか、刹那の胸に顔を埋めて動かない。
「どうしたの? シャロ」
「……浮気された」
「は?」
頭が真っ白になった刹那だった。
弟子は、そんな単語から一番程遠い人物だと刹那は認識していたからだ。
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四本の剣が乱れ飛んで木を複雑なパーツに斬っていく。
その横では、横に並べられた木が居合の際に放たれた光刃で一度に斬られていく。
「げっ。第二席と第三席……」
刹那は思わず呟いていた。
「ああ、刹那ちゃんじゃん。ひっさしぶりー」
「またお前か。弟子の周りをうろちょろうろちょろと」
「弟子の心配をしない師などいません」
二人は剣と刀を扱うことに夢中で、会話は途絶えた。
「第二席、話があります」
「なあに、せっちゃん」
「まずその馴れ馴れしいのやめてもらっていいですか」
「冷たいなあ。私とせっちゃんの仲じゃん」
「なにかあなたと共同任務しましたっけ」
「挨拶はする」
「しなかったら社会不適合者ですよ。まあ、話があります、二席」
「んじゃ、勝負はここまでだね、三席。いやあ上位者の貫禄見せつけちゃったかな」
「お前はただ斬っただけじゃねーか! こっちはパーツにしてんだぞ!」
新十郎の文句を無視して、あやめは歩いていく。
その後に、刹那は続いた。
小高い丘があった。
そこに、あやめは座る。
刹那も、横に座った。
癪だが、良い景色だ。
「あなたは私の弟子を誘惑したと聞きましたが」
「したよー?」
「弟子は色々な女性に想いを寄せられていたんですよ? 卑怯とは思いませんか」
「いいじゃん。一夜の火遊びぐらい。私、子供は強い子がほしいんだ」
「そのせいで弟子と周囲はギクシャクしています」
「そっか」
「あなた……本当は寝てないんじゃないですか?」
あやめは黙り込む。
「事情はわかりませんが、ことに至れなくて、悔しくて嘘をついているんじゃありませんか? 一馬は服を着たままだったと言います。うちの弟子が、ことが終わって相手を無視して服をさっさと着る手合いには私にはどうしても思えない」
しばし、沈黙が漂った。
「……睡眠にかけた途端にね。一馬、悪夢を見始めたんだ」
呟くように言う。
「なんで裏切った、とか、罠にかけられた、とか、俺はここで死ぬのか、とか」
そういえば、一馬がこの世界に転移した時、鉄の棒を掲げていたと聞いた覚えがある。
「夢の内容に関する台詞なんだろうけどなんか萎えちゃってさー。抱きしめて眠る以外なにもできなかったんだよね」
「そんなことですか……」
刹那は溜め息を吐く。
「そうならそうと言えばいいでしょう」
「誘惑して失敗しましたって? 恥もいいとこだよ」
そう言って肩を竦めると、あやめは立ち上がった。
「聞きたい話はこれで十分でしょう。あんま広めないでね」
「当事者にのみ話そうと思います。それぐらいはいいでしょう」
「うん、いいよ」
そう言うと、第二席は空中を蹴って去っていってしまった。
シャロのためのはずなのに、自分も安堵している刹那がいた。
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刹那のセッティングで、一馬はシャロと向かい合った。
既に互いに、あやめの悪戯の件は知っている。
「シャロ。不安をかけて悪かった。これも俺の不徳の致すところだ」
「いや、私も、恋人でもないのに、悪かったと思う」
一馬はもどかしげに手を伸ばし、そして宙を掴んで下ろした。
その手が、もう一度上げられ、シャロを抱きしめる。
「結婚しよう、シャロ!」
「ひええええ? 話が飛躍してるよ?」
「結婚したなら、俺を浮気に誘う奴も減るだろう。もしもしたなら、お前も俺を責められる。ウィンウィンだ」
「収まるところに収まりましたね」
刹那が、苦笑交じりに言う。
その表情が、不意に強張った。
「なに、これ……」
一馬も、遅れて悪寒を覚えて硬直する。
「一馬、屋根の上に飛びますよ」
「はい、師匠!」
二人して、屋根の上に飛ぶ。
地平線の向こうから、黒いなにかが土煙を上げて近づいてきているのが見えた。
いや、それは魔物だ。魔物が群れをなして動いているのだ。
進路は、王都。
「第二席と第三席に連絡を。高速移動して王都で相手を迎え撃ちます」
「はい!」
一馬は駆けた。
あやめと新十郎も、異変を察したらしく、小高い丘の上から黒い集団を眺めている。
「行きましょう、王都へ!」
一馬の言葉に、二人は頷く。
あやめはすれ違いざま、小声で呟いた。
「ちょっとだけ好きだったよ、素直で一途な君のこと」
一馬は驚いて、振り向く。
「ちょっとだけ、だからね」
明るくそう言って、あやめは手を振って去っていった。
「……流石サキュバス。不意打ちでこの威力か……」
一馬は心音が高くなっているのを感じながら、二人の後に続いた。
第五十八話 完
今回の更新はここまでです。
次回、王都決戦編。




