すれ違い
「あやめ、服着ろ、起きろ!」
小声で耳打ちする。
あやめはゆっくりと体を起こした。
「激しい夜だったね」
そう言って、あやめは妖しく微笑む。
「俺、記憶ないんだけど」
あやめは眠たげに髪の毛の房をかきあげながら言う。
「大丈夫。子供ができても責任取れって迫ったりなんかしないから」
一馬は青ざめた。
つまり、子供ができるようなことをしてしまったわけか。
「まあともかく服着てくれ。まずいだろ」
「まずいのは一馬じゃない」
「お前は他の男に裸見られても気にしないのか?」
「やだ、早速独占欲? 男の子っぽくて好きよ」
話にならないとはこのことだ。
困っている一馬に同情したのか、あやめは人が変わったように服を着て身なりを整えた。
「さて、皆のところに戻るか。あやめは先に行ってくれ。十分ぐらい後に俺も行く」
「密会を誤魔化す策だね。いやあ流石は有望株」
「あんたは俺をからかってなにが楽しいんだよ」
一馬は我慢の限界がきて、泣き出してしまった。
あやめは、一馬の背を撫でて慰める。
「からかってるわけじゃないんだよ」
あやめは、真剣なトーンで言う。
「本気だから」
一馬は、黙り込む。
「好きな子がいるんだ」
「猫の子でしょ?」
一馬は真実を言われて胸を貫かれたような衝撃に襲われた。
「別に裏切ったことにはならないって。ちょっと遊んだだけ」
表情を見せずにそう言って前を歩いて行くあやめだった。
一馬は顔を覆う。
どういう顔をしてシャロと会えばいいのだろう。
その時、門が開く音がした。
シャロが帰ってきた。
一馬は、咄嗟に駆け出す。
そして、二番目に門に辿り着いた。
馬車からは職人用の荷物を抱えた人々が次々に降りてくる。
一馬は、シャロに抱きついた。
「シャロ! シャロ、シャロ!」
シャロは表情を緩めたが、その次に表情をこわばらせた。
シャロは、一馬を突き放す。
「他の女の匂いがする……」
疑心の目が、一馬を捉える。
「私が留守の間、一体なにをしてたの?」
「ダンスの練習」
咄嗟についた嘘だった。沈黙が漂う。
「シャロさん、荷物はどこへ?」
職人に呼ばれて、シャロは笑顔を作って歩いて行く。
一馬は、頭を抱えてその場に座り込んだ。
「だから第二席には気をつけろと言っただろうに」
苦笑交じりの声が聞こえた。
第三席、来須新十郎その人がいた。
「術を使えるとまで聞いてないですよ」
「サキュバスの血をひいてるって時点で多少は警戒するものだ」
反論ができず、一馬は項垂れた。
+++
「なあ、シャ」
「ちょくちょく食料が足りなくなると思うのよ」
食事の時間だ。
シャロは、一馬の台詞を遮って言った。
「それはあるな。結構な大人数になってしまった」
新十郎が答える。
「それで、近場の町から食材を買えたら、交流もできてウィンウィンじゃないかなって」
「それは考えなかったな」
大々が考え込む表情になる。
「しかし、我々全員を何ヶ月も養うだけの食料は余っておるまい」
「数日分でもいいんだよ。肝心なのは交流したってことだ」
「色々考えるもんだなあ」
大々は感心した表情になる。
「昼からは木をパーツに分類しよう。なに、俺は王都十剣の第三席。木々を複雑に切り抜く術などお手の物よ」
「それは第二席である私への挑戦かしら?」
あやめが愉快げに言う。
「そう聞こえてしまったなら失敬。しかし十剣なら木ぐらい斬れなければな」
「いるのよねえ。やれ範囲攻撃がなくてなにが十剣かとか、連撃攻撃もなしになにが十剣かとか、十剣の定義を決めようとする奴」
「負け惜しみか?」
「その喧嘩、買った」
賑やかな食事の時間が過ぎていく。
一馬とシャロの間に漂う冷たい空気を残したままで。
+++
「シャロ!」
食事の後、一馬はシャロを追いかけた。
シャロは振り向かない。足を止めない。
「誤解だ! なにもなかった! 俺達は隣同士で寝てたけどいやらしいことは一切ない!」
「……なんで隣同士で寝てたの?」
「星を見てたらうとうとして……」
「相手サキュバスだよ。なんで警戒しないの?」
沈黙が漂う。
「まあそれを言ったら私は猫か」
そう言って苦笑すると、シャロは跳躍して作りたての家の屋根の上へと登っていった。
その背中は、明確に会話を拒絶していた。
第五十七話 完
次回『第六席の訪問』




