一番弟子のお仕事
「部屋が寒いですね。薪を絶やさないでください。死にますよ」
刹那は淡々とした口調で言う。
「なんでこんな山奥のボロ小屋に拠点を構えたんですか……?」
一馬は恐る恐る問う。
「それは、四季は人生と同じだからです」
刹那は正座をして、刀を横に置き、ピンと背を伸ばしている。
その姿が、さまになった。
「時には吹雪に耐え、時には暑さに耐える。けど、春や秋といった景色に目を細める時期もくる。人生もそれと同じです。辛いことばかりではない」
「人生論なら口頭で聞きたかったなあ……」
そうぼやきながら、火に薪をくべる。
「体感して実感するのが一番なのですよ。明日は雨かもしれない。けれども、明後日は白い大きな雲が流れる清々しい晴れの日かもしれない。それを忘れなければ、人生は生きていける」
「俺、雨の日も好きですけどね。ただ、雪は駄目だ。死んじゃいます」
「雪もそう続きませんよ。明けない夜はないんです。さて、稽古としましょうか」
そう言って、刹那が刀を持って立ち上がる。
「はい」
この吹雪の中でかよ、というツッコミを辛うじて堪える。
「口答えが少なくなってきましたね」
「刹那さんの無茶にも大概慣れたので」
「よい傾向ですよ。君は思ったより伸びた。十剣の一角を担うのもそう遠くないでしょう」
そこで、刹那は目を伏せた。
「生き延びれば、ですが」
「大丈夫です。しぶといのが信条ですから」
「そう気楽じゃないと、シャロの相棒なんてできないのかもしれませんね」
ちなみにシャロは、暖炉の傍で寝ていた。黒い猫耳を隠すために買った少し大きな帽子が、ずり落ちていた。
その頭を、軽く撫でる。
「セクハラにゃ……」
どうやら、寝言らしかった。
+++
冬が過ぎると、暮らしていたボロ小屋を囲んでいたのは桜の木々だったのだと分かった。
桜の花びらが次々に舞っていく。
暖かい。
ああ、生きるというのはこういうことなのかと腑に落ちた。
寒くて死にそうな時期もあるけれど、その先にはきっと光がある。
「綺麗ですね」
刹那が言う。
「ええ、とても」
「修業はここまでとしましょう。数日は花見をして体を休め、後はその力で人々を救いなさい」
思わぬ言葉に、涙腺が緩んだ。
長くて厳しい修行。それにもついに終わりが来たのだ。
雪が溶けて、桜が花開くように。
「ありがとうございました、刹那さん」
頭を下げる。その肩に軽く手を置いて、刹那は微笑んだ。
「君が私の一番弟子でよかった。シャロを大事にしてあげてください」
「はい!」
一馬は力強く頷いた。
修行の日々は終わった。冒険の日々が始まる。
+++
「と言った具合でな。修行をしたわけだ。契約した猫もいる。これで俺もギルドの一員に相応しいだろう」
ギルドの受付嬢の顔が珍しく強張っている。
その口から、恐る恐る言葉が紡がれた。
「筋力百五十はまああるでしょう。しかし、近接技術千五百七十? 十剣クラスだと?」
周囲の荒くれ者達が一瞬で無言になった。
「まあ、厳しい修行だったからな」
「いいでしょう。あなたを冒険者ギルドの一員として認めましょう」
ギルドの受付嬢は、思い出したように微笑み顔になると、カードに判子を押して、一馬に手渡す。
そして、頭を下げた。
「そして、依頼したいのです。これは、この町ではあなたにしかできないことでしょう」
「俺にしか……?」
一馬は、戸惑いながらそう口にした。
+++
時間は少し遡る。
修行が終え、帰る道で、一馬とシャロは話し合っていた。
「正直、この国にこだわる必要はないと思う」
一馬は、そう言う。
「今の俺達ならどこへ行っても一線級の実力者として扱われると思う。黒猫を不吉と思わない国もあるだろう。旅をするのもそう悪いことではない」
「……姉二人について調べたいな」
「姉?」
「うん。生き別れの。五匹兄弟の私の二匹の姉」
「そうか……」
「駄目かな?」
「付き合うよ」
迷うことなく、間髪入れずに一馬は言っていた。
「君の目的は俺の目的だ。俺の目的は君の目的だ。俺達は運命共同体だ。気軽に頼ってくれや」
「……私の契約者が君でよかった」
そう言って、シャロは微笑む。
それが輝いて見えたのは色白の肌のせいだろうか。
そうなのだろうと、弾む心音に戸惑いながら一馬は思った。
こうして、一馬の旅はあらためて幕を開けたのだった。
第五話 完
次回『火竜の卵を奪え』
今週の更新はここまでとなります。




