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野営の夜

 木の燃える音だけが周囲に響いていた。

 一馬は、時々薪を足して、火の維持に勤めている。

 愛はその向かいで、膝を抱えて座っていた。


 新十郎は、馬車で寝ている。

 愛も寝なくてはいけないのだけれど、どうしてかそれができなかった。


「寝なくていいのか?」


 一馬が問う。


「ちょっと、君と話したくて」


 少しでも一馬のことを知りたかった。それは紛れもない本音だ。


「そうか」


「異世界人なんだよね」


「ああ、そうだよ」


 こともなさげに一馬は答えた。


「どんな世界なの?」


「そうだなあ……その世界には、車という鉄の乗り物がある。馬より速く走り、ガソリンというものを定期的に補給すれば休憩もいらない」


「なにそれ。反則じゃん」


「空を飛ぶ機械もある」


「落ちないの?」


「時々落ちる。人為的なミスや故障なんかで。バードストライクと言って、鳥が機械に入り込んで故障することもある」


「怖いね」


「この世界の船よりは安全だと思うなあ」


「船、乗ったことがあるの?」


「ない。けど、一度見たことはある。嵐を乗り越えられるようには見えなかった」


「そっか」


 足元の草をむしり、焚き火に投げ込む。


「私は全部、乗ったことがない」


「馬車は?」


「仕事で度々乗ってる」


「じゃあ十分だな」


「なんかね。枠から飛び出た気分なの。君と出逢ってから、私の世界の枠が一つ壊れた。今、そんな感じ」


「一歩踏み出せば、いつだって枠なんて壊せる。だから人間は、星を支配するに至った」


「星……?」


「俺の住んでる世界では、自分の住んでいる場所を星と読んでいた。そして、人間は地球という星の大半を支配していた」


「凄いなあ。この世界には未知のエリアが沢山あるよ」


「それでいいんだと思う。いつかは冒険家が世界の謎の全てを解き明かすだろう」


 話を聞いていると、わくわくしてきた。


「凄いね。人間って」


「凄いんだ。人間は。だから、生存競争の頂点に立てた」


「一馬は、冒険家だったの?」


 だとしたら、とても素敵だと愛は思う。


「いや?」


 一馬は、空に視線を向けて、短くそう言った。


「そうだな。簡単に言えば、迷い子だった。髪の毛はその名残だ」


「ああ、金の?」


「うん。俺の世界で多く髪を染めたのは女性か大学生か不良だった。俺は、不良の類だった」


「そうは見えないけどな。一馬、優しいもん」


「色々あったんだ」


「色々って?」


 火が爆ぜる音がした。


「そろそろ寝ろ。明日も旅だ」


「ん、わかった」


 話したくないということなのだろう。無理に訊けば、嫌われる気がした。


「一馬と話せて楽しかったよ」


 本音がこぼれ出た。


「俺もだ。懐かしい話だった」


 火に照らされる一馬の顔は、とても穏やかだった。

 きっと、この瞬間を生涯忘れないだろうと愛は思った。

 この時間も、彼の表情も。

 そして、もっともっと一馬と話したいと思ったのだった。




第四十八話 完



次回『到着』

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