土属性のプロフェッショナル
自分が恋に落ちるなんて、思ったことがない。
それが笹木愛の人生だった。
幼少期からコツコツ魔術の勉強を繰り返し、視力は既に眼鏡がなければ朧気に周囲が見える程度。
そして、土のエレメンタルマスターとして認められるに至った。
十剣に対して、エレメンタルマスターの知名度はあまりにも低い。
それは、露出度の違いだろう。
実際、愛は川が氾濫しないように治水工事をしているが、それを見ている人間はいない。
(眩しいよな、実際)
それが、タレント揃いの十剣に対する印象だった。
今日も愛は人混みの中を歩く。
本を胸に抱き、すれ違う人に肩を押されながら。
その時、駆けて行く人がいて、それとぶつかった。
分厚い眼鏡が、顔から落ちた。
「すいません、立ち止まってください! 眼鏡、落ちちゃって!」
そう言うものの、人混みは止まりそうもない。
あの眼鏡は高級品だ。こんなことで失いたくはない。
そうは思うものの、人の波は止まらない。
「立ち止まってください!」
屋根の上から、青年の声がした。
「俺は王都十剣見習い、二神一馬! 逃走中の犯人を追跡中です。しばらく立ち止まっていただけはしないでしょうか」
皆、屋根の上を見上げて、止まった。
愛は慌てて這いつくばり、眼鏡がないかと手を左右に振る。
その手に、眼鏡が手渡された。
さっきまで屋根の上で話していた青年だ。
「すいません、犯人はいないようです! また歩いていただいて結構です」
再び人混みが動き始める。
眼鏡をかけ、目の前の人間の顔を見る。
見覚えのある人間だった。
伸びた髪を後頭部で縛っている。その毛先は金色だ。体は細身だが筋肉質で、背は高い。
こういう、体育会系の人間にコンプレックスを抱くのは何故だろう。自分でもわからない。
「犯人探しはいいんですか? 十剣見習いさん」
助けられた、と思いながらも、嫌味のようなことを言ってしまう。
「ああ。どうやら俺の手の届かないところまで行ってしまったようだ」
そう言って、一馬はとぼけて側頭部をかく。
「あんたに協力を求めに来た」
「協力?」
「土のエレメンタルマスターの力がいる。これは、王都十剣では成し得ないミッションだ」
王都十剣より自分が必要とされている。
その事実に、愛の胸は高鳴った。
第四十四話 完
次回『二神一馬』
今週はトラブルがなければ七話投稿になります。




