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王都十剣第六席 赤羽刹那

 オークロードが巨大な刀を振り上げ、下ろす。


「刀を硬化してくれ!」


「わかったにゃ!」


 そう言って、黒猫は念じる。

 そして、一馬はオークロードの一撃を受けとめた。

 いや、受けとめたはずだった。


 オークロードの一撃は悠々と一馬の刀を弾き、肩に刃を食い込ませた。


「くっ」


 慌てて鋼鉄化する。


「お前は逃げろ、黒猫!」


「お前はどうするにゃ?」


「しばらく時間を稼いで、逃げる!」


「無理にゃ! 鋼鉄なんて奴らにとっては豆腐にゃ!」


「んじゃ、これだ!」


 盾精製スキルを試みる。

 二体のオークの斧を阻んだ。

 その時、血が自分の鼻から垂れていることに気がついた。


「鼻血……?」


「スキルの乱用の影響にゃ! お前はまだ魔力を練る力が少ないからスキルの乱用は厳禁にゃ!」


「聞いてないぞ!」


「こんな状況になるとは思っていなかったのにゃ!」


「ここはなんとか俺がしのぐ。逃げてくれ!」


 一人と一匹が死ぬより、一人が死ぬほうがよほどいい。


「あと一つ残るスキルは……結界!」


「無茶にゃ、魔力を練る力が足りないにゃ!」


「だから、逃げろって言ってるだろ!」


 盾を投げ捨て、鉄化を解き、結界を張る。

 目の前が赤く染まる。体は今にも倒れそうだ。

 黒猫は駆け始めた。


 それでいい、と一馬は思う。

 オークロードの刀が結界に弾かれる。

 他のオーク二匹も結界に戸惑っているようだ。


「ギアを上げるぜ……! ここからは、根比べだ!」


 結界を強化する。

 それは、本来なら結界のレベルを上げて行かなければ得られないスキル。

 それを、一馬は肉体への負荷を考えないことにして強制的に利用した。


 断界。

 結界が赤く染まる。

 一馬は敵に近づいていく。


 一歩を踏むごとに視界がゆらいで、今にも地面に倒れそうだ。


 オークロードが刀を振り下ろす。それは、断界に触れた部分が消滅した。

 外界と自分を完全に遮断する結界。

 それこそが断界。


 オークロードが一歩を退く。

 それを見て安堵したのが悪かった。

 口から喀血して、一馬は倒れた。


 頭が痛い。今にも割れそうだ。

 オーク二匹の斧が振り上げられる。


 駆け足の音がした。

 誰か来た。

 誰だ?


 オークの腕が断たれた。

 あの太い腕を四本、一太刀で斬った者がいる。


 その事実に一馬は驚愕し、朦朧とした意識で顔を上げた。

 一馬に刀をくれた少女が、たれ耳の猫を肩に載せて刀を構えていた。


「おおお……我が同族の手が!」


 オークロードが慄くように言う。


「それだけじゃないですよ」


 少女は、淡々とした口調で言う。


「あなたの作っていた本拠地。そこにいた七十四体。全て私一人で処理しました。残るはあなただけです」


「馬鹿な。苦難の旅を乗り越えた七十四体全てを殺したというのか? 赤子まで?」


「将来の脅威は取り除くに限ります」


「何者だ、お前は……」


「王都十剣、第六席。赤羽刹那」


 風が吹いて、少女の、いや刹那の黒い長髪が揺れた。

 オークロードは真っ青になってしばらく硬直していたが、そのうちほくそ笑んだ。


「その名も轟く十剣を屠ったとなれば、しばらくは恐れて誰も邪魔をしなくなるだろう。よかろう。我が相手をしてくれようではないか」


「間に合ったにゃ」


 そう言って一馬の頬を舐めたのは、黒猫だ。


「助けを呼んでくれたのか?」


「刹那の気配は独特だからすぐにわかるにゃ」


「そうか」


 一馬は、黒猫を撫でた。

 オーク二体が体当たりをする。

 細い刀。その刀身で刹那は分厚いオークの肉体を真っ二つに切った。

 そこに、断界で欠けた巨大な刀が襲いかかる。


 刹那は軽々と避けると、跳躍して叫んだ。


「十連華!」


 オークロードの体に一撃で十箇所の穴が空いた。

 その中に、脳や心臓にも達する一撃があった。

 オークロードは、倒れて仰向けになった。

 その瞳に、もはや生気はない。 


 刀を数度振って血を飛ばすと、刹那はそれを鞘に収めて近づいてきた。

 しゃがみこんだ彼女のその手から、治癒の白い光が輝き始める。


「無茶をする人ですねえ。私がたまたまギルドの仕事でこの町に来訪していなければ死ぬか後遺症が残ったところですよ」


「無茶はあんただろ……オーク七十四体って」


「まあ、結果的に七十七体になりましたけどね。討ち漏らしがないかしばらく見る必要があるでしょう」


 そのうち割れるような頭痛が消え、一馬は立ち上がった。


「もっと修練を積むことです。修練は嘘をつきません」


「そうだな。魔力を練る力を伸ばしたらもっと防御スキルを展開できる」


「剣技もです。守るだけでは勝てません。あなたがシャロと契約する気があるのでしたら、ですが……」


 そう言って、刹那は立ち上がった。


「行きましょうか。そのまたたび畑とやらへ。仕事のついでだ、護衛しますよ」


 刹那は歩き始める。

 黒猫がその後を追う。

 一馬もその後を追っていった。


 そして、一行はその場所にたどり着いた。

 そこには、なにもなかった。

 ただ、草が生い茂るだけの土地。


「ここで、間違いないのか?」


 一馬は戸惑いながら、黒猫に訊く。

 黒猫はしばらく前を見ていたが、そのうち溜め息を吐いて、肯定した。


「崖の間近。ここにゃ。そんな気はしていたにゃ。けど、信じたくはなかったにゃ」


「どういうことだよ」


「黒猫は、古来から不吉とされています。生まれても捨てられるケースが非常に多い。さらに、スキルは防御一辺倒。他の種類のほうが多彩な技を覚えます」


 刹那が説明する。


「私も黒猫が成猫まで育ったケースを見たのはシャロが初めてです。そして、シャロは他の猫に騙されたのでしょう。彼らは、シャロが狼やオークに食われるのを望んでいたのでしょうね」


 残酷な事実に、一馬は唖然とする。


「わかってた。わかってたけど、それはないと思いたかったにゃ。私の甘さが招いたピンチだったにゃ」


 黒猫は溜め息を吐く。

 そして、一馬に向き直った。


「一馬。報酬は払うにゃ。そして、私達のコンビは解散にゃ」


「困る」


 一馬は、そう言っていた。紛れもない本心だった。


「俺みたいな流れ者、契約してくれる猫がいるとは思えない。それに、お前の防御スキルで命を救われた側面もある」


 一馬はそう言って、黒猫の手を取る。


「俺と、本契約してくれないか」


「本気にゃ? 黒猫は忌み嫌われているにゃよ?」


「かまうもんか。勝てば官軍よ」


 そして、一馬は座り込んで、刹那に向き直った。


「刹那さん、お願いがあるんだ」


「……なんでしょうか?」


 刹那は、躊躇うように問う。


「俺に修行をつけてくれないか! この世界で生きていくための、修行を!」


 一馬は、真っ直ぐに刹那を見る。

 刹那はしばらく困ったような表情をしていたが、そのうち溜め息を吐いた。


「シャロの相方を放置するわけにはいきませんね。いいでしょう。あなたは私の弟子としましょう」


「刹那。ギルドの仕事が溜まってるよ?」


「それは七席以下に頼みましょう。一年、休暇を取ります。その間に、あなたには一人前になってもらいます」


「じゃあ僕は、その旨をギルドに伝えてくるよ」


 そう言って、垂れ耳の猫は森の中へと駆けていった。


「それでは、本契約をしなさい。より少ない魔力でスキルを使えるようになるはずです」


「本契約ってどうやるんだ?」


「それは……」


 黒猫が言い淀む。


「接吻ですよ」


 そう刹那が言う。


 猫との接吻。なんてことはない。

 しかし、黒猫は躊躇っているようだ。


「黒猫。しなけりゃ先に進めない。するぞ」


「……わかったにゃ」


 黒猫は目を閉じて、つんと顔を上げる。

 その口に、キスをした。


 その瞬間、世界を光が包んだ。

 黒のワンピースに身を包み、首にチョーカーをし、黒い猫耳を生やした女の子が、目の前にいた。


「へ?」


「人間形態への変身能力を得た。本契約は終了ですね」


 刹那が淡々と言う。

 一馬は顔が熱くなって、なにも言えない。唇の柔らかい感触だけが口に残る。

 少女は綺麗だった。アーモンド型の目も高い鼻も黒い衣装に映える白い肌も。

 一馬は思わず聞いていた。


「……君、発情期っていつ?」


「セクハラだ!」


 顔を真赤にした少女に思い切りぶん殴られた。

 なんて怪力だ。

 一馬は吹っ飛んで地面に倒れた。


「……ホント、無理する人ですねえ」


 刹那が呆れたように言っていた。


「ちなみに、人間化した猫の発情期は一般的な人間と同じです」


「と言うと?」


「常時だけど自分の理性でいくらでも押さえ込める」


「なるほど……」


「あてが外れましたね」


 そう言って微笑む刹那は、自業自得だと言っているようにも見えた。


「普通女の子にそんなこと聞かないよ」


 黒猫だった少女は、憤慨したように言う。


「君、名前は……?」


「シャロ」


「そっか。俺は一馬だ。よろしくな」


 一馬が手を差し伸べる。

 シャロは、渋々と言った感じの苦い顔でその手を握った。


「一緒に、生き延びよう」


 シャロの表情が緩む。


「当たり前。黒猫を相棒にする風変わりな奴も、猫のために命を捨てる奴も、今後出てこないわよ」


 シャロの手は温かくて、滑らかだった。



第四話 完

次回『一番弟子のお仕事』

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