遊具公ハッター
「それでは亜人公の誘いを断ると?」
ピエロの格好をした男の前で、シオンは緊張で倒れそうな気持ちのまま胸を張って立っていた。
「我々は人間に借りがあります。町を用意してもらいました。詐欺師が現れると納税を免除してもらい、さらには王都十剣の護衛を用意してもらいました。私達は魔物サイドには下りません」
「わかった。人間に酷い目に合わされてきただろうに、律儀な猫達だ」
そう言って、ピエロは喉を鳴らして笑う。
「では、我々は敵同士というわけだ。仲良く喧嘩しようではないか」
「……誘いを断った報復をすると?」
「いや」
そう言って、ピエロは微笑んだ。
「遊ぶんだよ。皆で、皆で、立っていられなくなるほど遊ぶんだ」
シオンは怪訝な評定をするしかない。
その額に、ピエロの指が触れた。
+++
一馬は、空を飛んでいた。
スピカも、シャロも、遥も、静流も、鳥に乗って飛んでいる。
しかし、その上から騒がしく血なまぐさい争いをする人々が落ちてきて、五人は大地へと落下を開始した。
そして、大地に激突するかどうかというところだった。
そこで、一馬は夢から覚めた。
シャロに揺すり起こされたのだと理解する。
外からは、悲鳴やなにかが燃えるような臭いがしていた。
「なんの騒ぎだ?」
「なんにせよ、緊急事態よ」
慌てて、武装を整えて皆で外に出る。
農具を持った毛深い男が、妊婦を襲っている。
シオンが松明を持って家に火をつけている。
似たような光景が町のあちこちから見受けられる。
「なんだこれは……なにが起きている……」
遥の呆然とした声は、全員の心の声でもあった。
「君達、無事?」
スピカが駆けてくる。
「なんとか。しかしこの騒動は一体?」
「精神面を操る糸をつけられたんだね。そして、その糸の収束点は、この町の上空」
スピカが、いつになく凛々しい顔で一馬を見る。
「行けるね、一馬」
「なんとか」
「私と遥でひとまず糸を斬る。それと同時に一馬は上空の敵に接近して。できるね、遥」
「了解」
「はい!」
「あと、私は猫と契約していません。治療は遥に任せます」
何故、という言葉が脳裏に浮かび、それはすぐに納得へと変わった。
遥とスピカは鞘に収まった刀の柄に手を添えた。
そして、異口同音に唱え、抜刀した。
「飛燕!」
見えない鳥が飛ぶ。見えない糸を切っていく。
周囲の混乱が少し収まる。
それと同時に、一馬は空中を駆けていた。
一番上で高みの見物をしている相手に辿り着く。
最初からフルスロットルだ。
出し惜しみしている隙はない。
「斬岩一光!」
岩をも斬る技を容赦なく使う。
相手は、杖でそれを軽々と受けとめた。
一馬は背後に足場を作り出し、それに向かって移動する。
相手は、どう見てもピエロだった。
強そうな気配もしない。むしろ弱く見える。
しかし、彼が一馬の全力をかけた斬岩一光を防いだのは揺るぎもない事実だ。
「君かぁ」
ピエロは感嘆したように言う。
「鬼人公や狼公が注意しろと言っていたのは」
「七公か……?」
「そうだね。僕は遊具公ハッター。七公を構成する一員だよ」
「強そうには見えないな」
「それは、君が強くなったからだね。ブラドは本当に余計なことをした。寝る子を起こすような真似をして、今では君は僕らにとっての脅威だ」
「死んだ仲間の悪口を言う奴は好かんな」
「そうかい。けど、そんな感情も無駄だよ。君は僕の遊具になるんだから」
「一馬、前から伸びてる!」
遥の叫び声ではっとした。
注意深く前を見る。
細い糸がピエロの指から一馬の頭部に届こうとしていた。
慌てて、刀を抜いて斬り落とす。
「会話もこのためのフェイクか。正々堂々戦うって手はないのか」
「僕は遊具公。欲しいおもちゃは手に入れる」
そう言って、ハッターは飛びかかってきた。
あの指に触れては駄目だ。糸を生成する指。触れれば一瞬で操り人形にされるだろう。
慌てて、腕を断つ。
しかし、遊具公ハッターは、そのまま前進し続けた。
(額からも糸が出ている!)
一瞬で判断し、額に刀を通す。
「あれ? おかしいな?」
遊具公は戸惑うように言う。
「僕が勝ってるはずなのに、次々に上回る速度で妨害される。おかしいな」
「一つ訊く。足の速い黒猫とオッドアイの黒猫に覚えはないか」
ハッターはしばらく考えていた様子だったが、そのうち微笑んだ。
「ああ。彼女達なら亜人公に献上したよ」
「そうかい」
ハッターの両腕が再生して一馬に襲いかかる。
一馬は力を込めて、ハッターを真っ二つにした。
ハッターは細かい破片になりながら大地に落ち、そして消えていった。
雨が降り始める。
地面を見ると、静流が杖を地面について呪文を唱えていた。
火事が消えていく。
ひとまず、危機は去ったようだった。
第三十三話 完
次回『少し、距離を縮めて』
亜人の町編終結です。




