できることをやろう
一馬とシャロは、昨日シャロが訪れたという家を訊ねていた。
幸い、母は家に残っていた。
「あらあら、お客さんなんて珍しい」
そう言って現れた猫耳を生やした人を見て、シャロは落胆した表情になる。
「すいません、人探しをしていたのですが、別人だったようです」
「そう。それは残念だったわね。けど、いつか探し人に出会えるわ」
「どうしてそう言い切れるのです?」
「経験と女の勘かな」
そう言って、彼女は穏やかに微笑む。
「お子さんの仲が悪いみたいですが……」
「ああ。聞かれちゃったのね」
彼女は頬に手を置いて、苦笑する。
「うちの娘は人化しても猫の手を持っていてね。物を上手く掴めないの。けど、息子は毛を剃って町へ勉強に行きたいから、それでいざこざが起こるのね」
「あの……」
シャロが、胸に手を置いて一歩前に出る。
「その問題、差し出がましいかもしれないけれど私に介入させていただけないでしょうか」
二児の母は、戸惑うような表情になった。
+++
猫の手を持つ少女は、名前をラピと言うらしかった。
ラピは猫化したシャロに連れられ、森の中を進む。
その後に、一馬も続いた。
「一馬、音をたてすぎにゃ」
シャロが小声で言う。
「目一杯足音殺してるんだけどな」
「今回ばっかりは一馬は足手まといにゃ。引き返してほしいにゃ」
「あいよ。ラピの家で待ってるよ」
そう言って、一馬は去っていった。
シャロは進む。
「狩りで肝心なのは相手に気取られないことにゃ。だから、排泄物なんかも土に埋めて隠すにゃ」
「はい、先生!」
元気な声でラピは返事をする。
シャロは苦い顔になった。
「声は小さく」
「はい、先生」
そのうち、シャロが足を止めた。
「あこに鹿がいるにゃ。丁度よい塩梅に育った鹿にゃ」
「押し倒せばいいのでしょうか?」
「急所を噛み切るのにゃ。やってみればわかる。あなたも猫。狩猟本能を持っている」
ラピは腰を落とすと、尻を左右に振り、そして二本の腕の片方を上げた状態で硬直した。
そして、一瞬で鹿へと襲いかかった。
+++
ラズは不機嫌だった。家に帰っても妹であるラピがいないのだ。これでは毎日生えてくる剛毛の処理ができない。
やることもないのにどこをほっつき歩いているのだろうと思う。
小一時間ほど待つと、妹は帰ってきた。
苛立ちをぶつけようと、立ち上がって玄関へ行く。
「おい、どこでなにをやって……」
そこで、言葉を失った。
口を血まみれにした妹が、肩に鹿の死体を抱えている。
隣には、黒猫の姿があった。
「君の妹は中々見どころがあるにゃ。例えカミソリが持てなくても、狩りで食事を用意することは可能だにゃ」
「……そんな鈍くさい奴、狼の連携プレーにハメられるのがオチだ」
「けど、今日は鹿を一匹狩った。それは評価してほしいのにゃ」
ラズはしばらく黙り込んでいたが、そのうちラピの頭を撫でた。
「よくやった。俺がさばいてやる」
「うん、お兄ちゃん」
ラピが満面の笑顔になる。
彼女のそんな表情、数年ぶりに見たかもしれない。そんなことをラズは思う。
どれだけ彼女に苦悩させてきただろう。
そんなこと、考えたこともなかった。
毎日が苛立たしくて、自分の体質が許せなくて、ずっと妹に当たっていた。
間違っていたのは自分だ。
ラズはそう思い、妹を抱きしめた。
+++
「収まるところに収まって良かったじゃねーか」
帰り道、一馬が上機嫌の口調で言う。
猫モードのシャロも悪い気分ではないらしく、返事の声も軽やかだ。
「そうだにゃ。あの二人にはもっと仲良くやってほしいもんだにゃ」
そして、不意にシャロは足を止める。
「結局、姉は見つからなかったにゃ」
「そう焦るなよ。世界を歩き回るにはまだ時間がある」
「そうだにゃ。黒猫が自由に歩ける町と聞いて、ちょっと過剰に期待したのかもしれないにゃ」
「……ん?」
一馬は、そう言って足を止める。
スピカの見守る中、遥が居合の練習をしている。
飛燕の修行だ。一馬は直感的にそう察した。
「スピカさん、ずるいじゃないですかあ」
そう言って歩み寄っていく。
スピカはいつものなにを考えているかわからないぼんやりとした表情をしていた。
「君に教えることはないよ。私より強いもん」
「けど対多の技そんなに覚えてないんですよ。乱戦に陥ったらちょっと危険です」
「そこまで言うなら伝授しないでもないけど……」
そう言って、スピカはメモを差し出す。
「この料理、四人前走って買ってきて。そしたら教えよう」
安いな、おい。
そんな言葉を飲み込んで、一馬は駆けた。
その時、一馬は不思議な人物を見かけた。ピエロの格好をしている青年だ。
シャロの姉はピエロにさらわれた。
すれ違いざまにそんな情報を思い出し振り返る。
けれども、その時には煙のようにピエロの姿は消えていた。
第三十二話 完
次回『遊具公ハッター』




