王都十剣第七席 スピカ
亜人の町に来たのが夕方に差し掛かる頃だったので、一同は食事と睡眠をとることにした。
来客用に用意されたのだろう建物に案内される。
「食材とかは?」
遥が躊躇いがちに訊く。
シオンは申し訳なさげに答えた。
「最近この町には食材が枯渇しているのです。狩りなどで捕まえてきていただければありがたいですにゃ」
「じゃあ、行くか」
そう言って、遥は立ち上がる。静流もそれに続く。
「俺、パスしてもいいか?」
身勝手だと思いながらも、一馬は言う。
「いいよ。今回はあんたの希望で来た町だもんね。行きましょう、静流」
「次のボス戦でもキリキリ働いてもらうだわさよ」
そう言って、遥と静流は去っていった。
一馬と、シャロがその場に残った。
「第七席に話を聞いてみたいと思う。強い人なんだろうし、なにか勉強になるかも」
「そうね。一馬にとって有益だわ」
「シャロは?」
「町をざっと回ってくるわ」
そして、二人はそれぞれの目的を胸に部屋を出た。
シオンが門の傍にいたので、声をかけると、第七席は裏門にいるとのことだった。
言われた通り、裏門に回る。
スピカはしゃがみ込んで、草原を眺めていた。
「なにか、見えますか?」
「蝶が一匹」
「……楽しいですか?」
「衝動的にね、動いている小さなものを狩りたくなるんだ」
「では、これは狩りだと?」
「そうとも言える。私は相手の回避パターンを幾重にも想定して、頭に浮かべるに思い留めている」
ぼんやりとした表情で、そんなことを言う。
この人は本当に十剣なのだろうか。そんな疑問が鎌首をもたげる。
「稽古、つけてくれませんか」
「教えられることがないよ。君、結城くんと互角だったんでしょ?」
「スキルがなければ俺のボロ負けでした」
「けど、君は互角に戦った。剣の勝負は結果が全てだ。いざ戦場に出たら敵は言い訳を聞いてはくれない」
ぼんやりとした表情で、厳しいことを言う。
この人は十剣なのだ。死地をくぐり抜けてきた戦士なのだ。そんな実感がじわじわと湧いてきた。
その時のことだった。シオンがやってきた。
「スピカさん、出番です」
「ん、わかった」
そう言って、スピカは立ち上がる。
「君もついてくる?」
彼女はそう言って一馬を見る。
「君が望んでいる稽古はできるかわからないけれど、見取り稽古にはなるかもしれない」
そうと言われたら行くしかない。
「行きます」
一馬は胸を叩いて、そう言っていた。
「心強いね。結城くんと互角の剣士がついてきてくれる」
ぼんやりとした表情でそう言って、スピカは歩き始めた。
その後を、シオンと共に追う。
門の前には、銀に輝く鎧を着た、騎馬兵達が荷車を何台も並べて待っていた。
「あなたが代表者ですか」
そう言って、一人が馬から降りる。
「我々は王都から税金を徴収しに来た者です」
「そう。証明書は?」
そう言って、スピカは差し出された証明書を受取り、天に透かす。
「偽物ね」
スピカは証明書を握り潰すと、地面に投げ捨てた。
「全員王都の牢に繋がせてもらうわ。大人しく投降なさい」
しばらく馬から降りた男は黙り込んでいたが、馬に乗り直した。
「行くぞお前ら! 奪い尽くせ!」
「そうくるか」
その時、一馬は確かに剣の鯉口を切る音を聞いた。
「飛燕」
スピカはそう言って何もない空間を居合で切った。
その時、一馬は確かに見た。地面を走る鳥の影を。
何匹もの馬が走ってくる。
そのうち、それに乗った全ての人間の首筋から激しい出血が起こった。
スピカは、鞘に刀を収める。
「後片付けは任せた。これで偽物に税金を支払う失態は起こらないわ」
「ありがとうございます! これで安心してくらせますにゃ!」
シオンの言葉を背に、スピカは歩いて行く。
一馬は慌てて、その後を追った。
「今の技、なんですか?」
「飛燕。見えない刃を幾重にも生み出す対多用の技」
「俺にも、教えてくれませんか?」
「……才能があればね」
スピカはなにを考えているかわからないぼんやりとした表情で、前を見ながらそう言った。
+++
「足の速い黒猫と、オッドアイの黒猫を探しているんです」
猫の集会に向かってそう声をかけると、シャロは帽子を脱いだ。
普段は隠している黒い猫耳が露わになる。
しかし、軽蔑の視線は感じられなかった。
むしろ、暖かい視線がシャロに集まった。
「お嬢さん、どうして足の速い黒猫とオッドアイの黒猫を探しているんだにゃ?」
「姉なのです。生き別れの」
「そうか……」
「お嬢さん、お前さんの契約者は大丈夫かにゃ?」
猫集会の面々が次々に質問してくる。
「大丈夫か、と言いますと?」
「性行為を求めてきたりはしないかにゃ?」
「いえ、滅相もない」
初対面の時にとんでもないセクハラをされたけれど。
「それなら君の飼い主は、本当に君をパートナーと認めているんだろうね。羨ましい限りにゃ」
「性行為を目的として、契約者がいない黒猫を巧みに誘って孕ませるような下衆がこの世には多いにゃ。それに騙されて、捨てられ、流れ着くのがこの町にゃ」
シャロはぞっとした。
一馬の命懸けの戦いに感動して契約した。そんな自分の目が間違ってなかったことを感謝するしかない。
「足の速い黒猫なら心当たりがある。私が案内しよう」
そう言って、白ソックス柄の猫が立ち上がる。
そして、歩き始めた。
シャロはその後を追う。
「どうしてお前はこんなこともできないんだ!」
叫び声が聞こえて、シャロは思わず硬直した。
「だって……私の手、そんな風にできてない」
「じゃあお前は母さんが死んだらどうするつもりなんだ?」
「その時は、皆で助け合って……」
「ちょっといいかな」
白ソックス柄の猫が声をかける。
「はい、どうぞ」
そう言って、少年が出てきた。声からも間違いない。怒鳴っていた子だ。
上半身裸で、前は剃ったようだが、背中には黒々とした毛が生えそろっている。
「お母さんはご在宅かな」
「いえ。町へ仕事に行っています」
「そうか。あんまり妹さんを責めないようにな。猫にも得手不得手がある」
「……けど、なんとかしなくちゃいけない問題なんですよ」
扉の影から、こちらを覗いている少女がいることにシャロは気がついた。
その少女の手は、猫の形をしていた。
+++
その夜、一馬はベッドに横たわり、シャロはその横で猫化して寝転がった。
「たまにいるらしいにゃ」
「なにがだ?」
「人間状態でも猫の特徴を一部持ってしまうような亜人が」
「手が猫で人間状態か。不便だろうなあ……シオンさんもそのクチかな」
「ここに辿り着かなければ自分は死んでいた、なんて笑ってたにゃ」
「笑い話にできるなんて強い人だな」
「そうだにゃ」
しばし、沈黙が漂った。
「一馬……」
シャロが震える声で言う。
「なんだ?」
シャロはしばらく黙り込んでいた。
口を開いて出てきた言葉がこれだった。
「なんでもないにゃ」
「なんだそりゃ」
一馬は笑って、シャロの首筋を乱暴に撫でた。
第三十一話 完
次回『できることをやろう』




