冒険の始まり
一馬は夢の中で鉄パイプを振っていた。
相手は三人。けど、負ける気がしない。
一馬は剣術はともかく肉弾戦闘では無敗を誇っている。
その時も勝てるだろうと思った。
その時、鉄パイプが一閃して、一馬の肩に叩き付けられた。
そんな夢を、見た。
目が覚めると、黒猫が目の前で頬をかいている。
鳥の声が聞こえる早朝だった。
「お前、俺の肩に落ちただろ」
「いや、そんなわけないにゃ」
「微妙に肩が痛いんだが」
「それは心配だにゃあ。病院にかかるほどかにゃ?」
「いや?」
「なら問題ないにゃ。でしょう?」
そう言って黒猫は爪を噛み始める。
なんというか、憎めない奴だった。
「で、お前の依頼ってなんだ?」
「またたび畑まで護衛してほしいにゃ」
「またたび畑?」
「森の奥にあるらしいのにゃ。猫にとっては桃源郷にゃ。連れて行ってくれたら三日は食うに困らない額を渡すにゃ」
「そんなに金あるのかよ、お前」
「鳥を捕まえて焼き鳥屋に売ったりしてるからにゃ」
「なるほどねえ。護衛なんているのかね」
「例えば危険なのは狼にゃ。奴らの中には狂犬病を持った奴もいるにゃ」
「おいおい……俺で護衛できるのかよ」
「そこでスキルにゃのだよ」
そう言って、黒猫は顔を洗い始める。
「黒猫の固有スキルは防御系統のものが大半にゃ。誰も君の肌には牙が通らない。それが、人知を超えた化物でもない限りは」
「なるほどねえ。便利じゃんお前」
「便利な女って言われてるみたいで褒められてる気はしないにゃね」
「そういえば」
一馬は躊躇いつつも訊いた。
「お前、女なの?」
顔を洗っていた黒猫の手が止まる。
「確かに声は低いと言われるにゃ」
さて、と言って黒猫は話題を変える。
「行くにゃ、異世界人」
「おう、黒猫」
一馬の冒険が、始まろうとしていた。
+++
鬱蒼と生い茂った木々の中を歩いて行く。
黒猫は小さな体で上機嫌で先を行く。
「またたび、またたび」
「お前そんなにまたたび好きなのか」
「この前友達にわけてもらったにゃ。あれはいいものにゃ」
「ふうん……」
一馬の両親も酒が大好きだ。ビアガーデンなどにもよく行っているらしい。
猫も人間も本質的には案外変わらないものなのかなあと思う。
その時、黒猫は歩みを止めた。
「誘い込まれたにゃ」
「ふむ」
「ふむじゃないにゃ。早くスキルを使うんにゃよ」
「どうやって使うんだ?」
「念じてみるにゃ。心の中に刻まれているはずだにゃ。君の使えるスキルが」
念じてみる。確かに三つほどのスキルが頭に思い浮かぶ。
鋼鉄化、というスキルが気になった。
それを使ってみる。
その刹那、狼が喉元に食いついていた。
金属音が響いた。
狼の歯は折れ、他に潜んでいた二体は撤退していく。
一馬は、痛みでのたうち回る狼にとどめを刺した。
「どうにゃ。これが黒猫の防御スキルにゃ」
「すげーなあ。お前、これでなんで契約相手いなかったんだ?」
「それは……後々知るんじゃないかにゃあ」
そう、とぼけるように言って、黒猫は再び前を走り始める。
その後を、狼を抱えて追った。
+++
「お前さ」
「なんにゃ?」
「火炎系スキルとかは使えないの?」
「火打石があれば十分にゃ」
確かに、一馬は火打ち石を持っている。それどころか、鎖帷子も装備している。
話の流れはこうだ。
一馬がこの世界に転移した時に着ていたのは学ランだった。
それを黒猫に勧められて行った服屋に見せると凄い興味を示されたのだ。
「なにこれ。突起でこのカバーを引っ掛けて襟が曲がらないように加工してるのね」
「この龍の絵も凄いわよ。糸で縫ってある」
「ネジでアクセサリーが固定されてる。こんな細かいネジどうやって作ったのかしら」
トントン拍子で学ランは高値で売れ、一馬は冒険者の初心者セットみたいなものを手に入れることに成功したのだった。
「人間が贅沢を言うから黒猫は苦労しているんにゃよ」
黒猫は溜息混じりに言う。
「冒険じゃ結構有用だと思うけどな。防御スキル」
そう言いながら、火打ち石を叩く。
さっき狩った狼を焼き始める。
「いい匂いにゃ」
黒猫は上機嫌に言う。
「狼、食うの?」
「猫は雑食だから」
「ふうん。一緒に旅をするには楽だな」
「そう言ってもらえると助かるにゃ」
そうして、二人して、昼食にありつこうとした時のことだった。
「ほう。狼の奴らの報告は確かだったようだ」
低い声が響いた。
そして、一馬は、初めて死を感じた。
巨大な刀を持った、王冠を乗せた、緑色の肌のでっぷり太った巨大な人間型の生き物が一匹。腕は筋肉ではちきれそうだ。
それに似た、二メートルぐらいの人間型の生き物が二匹。手には斧を持っている。
「オークロード……!」
黒猫が戦慄したように言う。
「あ、これ、死んだわ」
一馬は何故か開き直ってしまって、冷静に戦況を分析して諦めて投げつけた。
第三話 完
次回『王都十剣第六席 赤羽刹那』




