亜人の町の存在
「やはり図星か」
そう言って、結城は微笑む。
「いや、その、いえ。普通の猫ですよ」
「断界を使えるのは黒猫の契約者だけだ。皇帝陛下もそうだと言っていた」
一馬は黙り込む。
「ここだけの話だがな」
結城の言葉に、一馬は頷く。
「皇帝陛下が契約している猫も黒猫なのだ」
「へ?」
「ここだけの話だぞ。十剣でも俺しか知らない事実だ」
「おかわり持ってきましたよー」
鍋を持って結城の妻がやってくる。
「どうも」
一馬は、慌てて頭を下げる。
「よほど覚悟があってのことだろう。偏見と戦う日々を選んだんだからな」
「なんの話?」
「いや、一馬くんの恋人の話だ」
「まあ」
結城の妻の表情が華やぐ。
一馬は思わず赤面した。
「是非紹介して。私、一馬くんの恋人と会ってみたい」
「いえ、成り行きっていうか、恋人ではないですよ」
「それでもいいわ。その女の子、連れてきて」
「えーっと、それじゃあ、連れてこようかな」
そう言って、一馬は席を立つ。
「君は一度、亜人の町を見てきたほうがいいかもしれないね」
結城が、意味深に言う。
「亜人の町……?」
「猫と人間のハーフが過ごす町だよ」
「猫と、人間の、ハーフ……?」
「そういう種族が、この世の中にはいる。異世界人には馴染み薄いみたいだがね」
「わかりました。シャロを連れてきて、詳しく聞きます」
そう言って、一馬は家を後にした。
夜空には三日月。いい夜だ。
家々からは穏やかな声が響き、ここが本当に平和な町なのだなと実感させてくれる。
果たして、そうだろうか。
一馬の元いた世界も、穏やかな空気が漂う場所があった。けれども、罪を犯す人間も絶えることはなかった。
日常の中に危機は燻っている。
その時、刀を振る音を聞いて、一馬は足を止めた。
見ると、遥が刀を振っている。
上半身の服を脱ぎ、さらしを巻き、まっすぐ前だけを見て刀を振っていた。
「危ないなあ」
一馬が言っても、遥は反応しない。
一馬は、タオルを遥に向かって投げた。
遥は、それで気がついたように一馬の方を見た。
「なにしてんだお前」
「無心に剣を振っていた」
「ゾーンは入れたか?」
「どうだろうな……ゾーンに入れたというならば、お前の接近に気がつかないようなことはなかっただろう」
「難しいな」
「ね」
そう言って、再び遥は刀を振り始める。
「お前と差が開きすぎた」
遥は、ぼやくように言う。
「けどお前には必殺技があるじゃん」
「隙を作れなければ無用の長物だよ」
確かに、一馬は順調に成長している。
それを見た時に、自分はどうなのだろうと感じる遥の気持ちはわからないでもない。
「シャロ呼びにきたんだった。いくな」
「ああ」
その時、屋根から人影が降りてきた。
影は二つ。
その瞬間、一馬は自分がゾーンに入れる状態に陥ったことを悟った。
(次から次へと……この街はバケモノの巣窟かよ)
相手はフードを深くかぶっていて顔は見えない。
「二神一馬と見受けした」
「別人だ、と言ったら?」
「斬って確かめる」
そう言って、相手は跳躍した。
不条理の力なんてものではない。圧倒的な速度で相手は一馬との間の距離をつめた。
「居合、一角一閃」
その時、一馬は既にゾーンに入っていた。
刀を鞘から抜き、上半身をのけぞらせ、居合を逸らす。
遥はもう一人と戦っているようだ。
平和な王都での戦いが始まっていた。
第二十七話 完
次回『鬼人公斬歌』




