御前試合
「とりあえずはいかにゾーンに入るかかな」
御前試合を翌日に控え、一馬達は割り当てられた部屋で会議をしていた。
遥の意見は尤もだと一馬は思う。
王都十剣は皆、ゾーンの中で戦うという。それの相手をするのに、こちらはゾーンに入れませんでした、では最初から勝負にならない。
「ゾーンの入り方、なんとなくわかってきたんだけどな。死の淵に立つのが一番手っ取り早い」
「死の淵で止めてくれる相手かな」
「わかんないところだ。気さくなお兄さんって感じだったけどな」
なんとなく立ち上がって、ギルドへ行く。
傭兵のことも考えなくてはならない。
水晶玉で今の自分の実力をみてもらうと、意外な結果だった。
「近接技術三千オーバー。十剣の下位以上ですね」
ギルドの受付嬢が驚いたように言う。
ただ歩き方を見ただけでそれを見抜いた天道寺結城。
やはり、只者ではない。
憂鬱なまま、日は暮れていく。
+++
ギルドに依頼書を張って、その日は解散となった。
宿屋で、シャロは猫モードで服の上にいて、腕でなにかを押すように奇妙に動かしながら転がっている。
「結局、その御前試合とやらをするのにゃ?」
「皇帝陛下の言うことに逆らえるか?」
「そうだにゃあ……仕方ないことだにゃ」
「まあ、生きて返ってくるさ。俺にはシャロがくれた防御スキルの数々がある」
「あまり無理はしないことにゃ。命まで取られることはないにゃろ?」
「けど……俺が勝ったら、黒猫のパートナーってのも認められる気がするんだよな」
そう言って、一馬はベッドに寝転がる。
シャロが跳躍して、ベッドに乗ってきた。そして、一馬の手に頬ずりする。
「君が契約者で私は幸せにゃよ」
一馬はシャロの顎を撫でてやる。
「俺もだ」
穏やかな空気が流れていた。
「この先、何度も、何度も、こうやってゆったりした時間を過ごしたいにゃ。だから、死ぬことだけは避けて……」
「わかったよ」
そう言って、一馬はシャロの頭を撫でた。
リラックスした気分で、御前試合に挑めそうだった。
+++
御前試合の日がやってきた。
闘技場の観客席は人で埋め尽くされている。
「よくもまあ集めたなあ、こんな人」
控室で、一馬はぼやくように言う。
「それだけ君の実力を見たいということだよ」
結城は穏やかな口調で言う。
「ドラゴン退治、吸血公退治、巨大狼退治。君の活躍の噂は王都にまで鳴り響いている」
「気が重いなあ……」
「なんでだい?」
「相手が結城さんですからね。期待させるとがっかりさせちゃいそうで」
「いい勝負になると俺は思っているよ」
そう言って、結城は自分の拳と拳を叩き合わせた。
鉄の鳴り響く音がした。
ファンファーレが鳴り響く。
「さあ、行こう」
そう言って、結城は腰に剣を帯びて歩いて行く。
一馬も腰に刀を挿して、その後に続く。
そして、広い闘技場で両者は向かい合った。
貴賓席の皇帝が立ち上がり、手を掲げる。
「今ここにいるのは数多の戦いを生き抜いた剣士。その剣士二人の戦いを目に焼き付けよう」
皇帝の朗々とした声が周囲に響き渡る。
「始め!」
熱狂的な歓声が周囲から響き渡る。
一馬は刀を、結城は剣を、鞘から抜いた。
その途端に、一馬はゾーンに入っていた。
何故か、と思ったが、いつもより勢い良く回転する思考回路が答えを出してくれた。剣を抜いた結城を前にしただけで、命の危機を察したのだ。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。
(なんだ……この、バケモノは)
結城が剣を下段に構える。
それは無駄な動作のように一馬には感じられた。
一馬は突進する。
「霧の歩み」
結城の声が無音の世界に響いた瞬間、結城の姿が五人に別れていた。
一馬は惑わされない。
その中一人に、飛びかかった。
「斬岩一光!」
分身しようとも、この強い気配は消せやしない。
神経が極限まで研ぎ澄まされていた状態だったからこそ、気配を手繰り寄せられたのだ。
光を帯びた刀が振り下ろされる。
それを、結城は指二本で掴んだ。
動かない。
不条理の力を駆使しているのに動かない。
腹部を蹴り飛ばされて吹っ飛ぶ。
刀から手が離れ、口から血と唾液が吐き出された。
「これが、天道寺結城……」
もっと研ぎ澄ませ、神経を。
ゾーンを超えて、不条理を超えろ。
そうしないと、ただ負けるだけだ。
それは嫌だ。
その時、足に今までにない力が集中する気がした。
一馬は跳躍した。
一瞬で結城に接近し、奪われた刀を奪い返してその後方に着地する。
そして、振り返りざまに斬った。
結城の剣がそれを防ぐ。
両者の力は拮抗していた。
一馬がこの窮地で得た技は、力の集中。
不条理の力を集中させる箇所を限定し、ただの不条理の力の数倍の力を発揮する。
結城が剣を引き、一馬の体勢が崩れる。
そこに、必殺の一撃が加えられようとした。
その時、一馬はあるスキルを思い出していた。
あのスキルで不意をつけば、相手を無力化できる。殺しかねないのが難点だが。
「断界!」
一馬は唱える。
結城の剣が一馬の断界に触れて、消えた。
そして、結城は数歩退く。
一馬は断界を解いていた。このスキルは、まだ長時間使えるものではない。
結城が微笑んだのが見えた。
その次の瞬間、結城の顔が目の前にあり、腹部に激痛が走った。
再び、唾液を吐いて膝をつく。
なんて切り替えの速さだ。肉弾戦闘に切り替えてきた。
刀が蹴り飛ばされて飛んでいく。
そして、こうなると全身を鎧で包んでいる結城の有利だ。
その時、二人の目の前に刀が突き刺さった。
ゾーンの世界から抜ける。周囲に喝采が戻り、結城は髪の毛をかきあげて呟いている。
「そりゃないぜ。こっからが面白いところだ」
「そこまで! そこまで! そこまで~!」
皇帝の声が鳴り響いていた。
「天道寺結城と二神一馬の戦いは引き分けとする!」
こうして、気の重かった第一席との戦いは終わったのだった。
ぽかんとしている一馬に向かって、歓声は鳴り止まなかった。
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「いやあ、十剣入れ替え試合受けるべきだと思うけどなあ」
酒で顔を赤くした結城が言う。
「俺とあこまでやったのはお前が初めてだ」
そう言って、結城は一馬の肩を乱暴に叩く。
痛みに顔を歪めないように気を付けながら一馬は肉を口にする。
「どうも」
結城の家だった。
広々とした一軒家で、貴族達の住むエリアに建っている。
「今おかわり用意しますね」
結城の妻がそう言って鍋を取りに行く。
「強い女だ」
結城は呟くように言う。
「王都十剣第一席の家。危険がふりかかる可能性もあろう。しかし、普通の日常を暮らしている。ああ強い女性じゃなければ嫁にはできなかった」
結城はそう言って、酒の入ったコップをあおる。
「酒も追加でくれー!」
「はいはい」
「君の相棒はなにをしているんだ?」
結城は不思議そうな表情をしている。
「宿で寝てますよ、きっと。寝る子と書いて猫とも言われてますしね」
「強いか」
「武器なしの勝負なら俺の負けです」
「興味深いな……」
これはまずい、と一馬は思った。
黒猫と契約していると知れたら、どんな扱いを受けるかわからない。
「結城さんの猫もたれ耳なんですね」
「ああ、この猫種は大方のスキルを取得できる。戦闘継続時間を増やしたい十剣には回復スキルが使えて打ってつけだ。だから、十剣は殆どがこの種の猫だな」
「なるほど」
「君の相棒、黒猫だろう?」
一馬は息を呑んだ。
結城は悪戯っぽく微笑んで、一馬を見ていた。
第二十六話 完
次回『亜人の町の存在』




