一馬対エントア
さて、一馬の今回の戦いのノルマは一つ。
不条理の力とゾーンを両立させること。
不条理の力も条理の中の一つ。
そう自分に言い聞かせて、短く呼吸する。
刀を抜く。
相手は人を丸呑みにできそうな巨躯だ。
噛みつかれたら簡単に腕がなくなるだろう。
敵が動いた。
壁を蹴って斜めからの攻撃。
それを、不条理の力を使った動作で受け流す。
そして、真っ二つにしようと刀を振り下ろした。
しかし、渾身のそれは弾かれた。
毛だ。
毛が刃を通さぬほどに堅い。
唖然としていると、相手は高笑いをしながら飛びかかってきた。
背後には家がある。シャロにとっては大事な思い出の場所。
避けられない。
ならば迎撃だ。
一馬は跳躍して、空中で敵と向かい合った。
「斬岩一光!」
堅い敵にはとりあえずこれだ。
岩をも真っ二つにするという必殺技。
しかしそれは、相手の毛を打って地面に叩き付けただけで致命傷にはならなかった。
どうすればいい?
今回は刹那は助けには来てはくれない。
そもそも、これはタイマンだ。それを邪魔されるのは一馬の矜持が許さない。
一馬の頭に、ひらめくものがあった。
両手をだらりと下ろし、呼吸を整える。
相手は牙をむき出しにしてきて、一馬の頭を食いちぎろうとした。
その動作が、一馬にはスローモーションに見えていた。
ゾーンに入った。
狙いは一つ。
毛のない口内からの脳の破壊。
不条理の力を使った神速の動作で一馬は相手の脳みそを貫いた。
信じられない、とばかりに敵は唖然とした表情でふらついて、そしてそのまま倒れた。
「うん、できる。俺はまた、強くなった」
そう言って、一馬は自分の手を強く握った。
「よくやったな」
近場の屋根の上から、巨大な狼を抱えた小さな少女のシルエットが見えた。
彼女は地面に降り立つと、一馬と戦っていた敵も回収しようとした。
近くで見てようやくわかった。朝だ。
返り血でびしょ濡れになっている。
「朝さん。一匹倒してたんですね。流石だ」
「朝にこんな奴倒せねーよ。俺は、夕だ」
「は……?」
「話せばややこしくなる。夜のうちにこいつらを解体するぞ。こいつらの毛皮を使った装備を使えば鉄の鎧より強く軽い防具ができあがる。お前も手伝え」
周囲に漂う血の匂いに辟易としながらも、一馬はその作業を手伝うことにした。
一つ、気づいたことがある。
封をつけられていた朝の剣が抜けている。
多重人格?
そんな思いが、一馬の頭に湧いた。
なんにせよ、町の平和と、シャロの家は守られたのだった。
第二十三話 完
次回『一時の別れ』




