シャロ対エントア
エントアは町の中を走っていた。
夜だ。人の気配はあまりない。
警邏の人間がいたのを見つけて、おやつ代わりに食べる。
やはり、人は美味い。
美味いだけでなく、自分が人の上位種だということを思い出させてくれる。
人は弱い。
脆く、儚く、愚かで、鈍い。
十剣という例外はあるものの、食料とするのが一番の道だとエントアは思っている。
そして、エントアは、この町で一番強い気配を放つ家に辿り着いた。
扉を破って顔を突っ込もうとする。
それは、扉から出てきた一人の少女に阻まれた。
少女は、三日月のアクセサリーのついた帽子をかぶっていた。
ロングスカートはいかにも動きづらそうだ。
しかし、細身なこの少女が、自分の突進を止めた。その事実に、エントアは戸惑った。
「ここは壊させない……!」
少女は決意を篭めて言う。
「私や、お姉ちゃん達の帰る家だ。お前なんかに、壊させてなるものか!」
そう言われた瞬間、エントアの体は宙に浮いていた。
そして、半回転して地面に叩き付けられる。
その腹部に、少女の両足が突き刺さった。
エントアは思わず血を吐く。
そして、慌てて体を起こすと、少し後退して距離をおいた。
「なるほど、ブラド公が遅れを取るはずだ。お前が十剣の弟子だろう」
「十剣の弟子であることは否定しないけれど、私は多分あんたが探している人間とは違うわ」
そう言って、少女は帽子をとる。
黒い猫耳が、頭に生えていた。
それを見て、エントアは思わず笑いだしていた。
「その黒い耳! 人の世でさぞ冷遇されてきたことだろう。どうだ、お前はこちら側に回らんか。人間の肉を共に食おうではないか」
「人間は温い。人間は体を撫でてくれる。餌を用意してくれる。私は、人間に借りがある。だから、あなたとは共に行けない」
「そうか……健気なことよな」
両者は再び飛びかかりあった。
少女は直線状に。
エントアは壁を蹴って横からの攻撃を試みる。
大きく開いた口。
少女は咄嗟に体を縮めると、その中に入り、牙が届かない位置で両手を上げて踏ん張った。
「このまま引きちぎる!」
(こいつ……!)
エントアは咄嗟に、吐瀉物を吐いて、少女を地面に流した。
滑った吐瀉物の前では、少女も体勢を維持できなかったようだ。
「飼い猫だけでもこの力。なるほど、脅威だな」
エントアは目を細めた。
「けど、お前はここまでだ」
エントアの牙が、素早く少女の肩に突き立てられた。
少女は動こうとした。
しかし、強い力で動こうとすればするほど、ぬるぬるとした吐瀉物の影響を受ける。
(このまま頭を食いちぎる!)
強い気配を察知して、エントアはその考えをあらためた。
細い刀を持った男が、ドアの外に出てきていた。
「そいつはそれぐらいにしてやってくれ。変わりに、俺がタイマンで勝負する」
そう言って、男は刀を構える。
その構えを見てエントアは悟った。
こいつがブラド公を倒した男だ、と。
風が吹いた。
今にも気絶してしまいそうな緊張感の中で、一人と一匹は対峙した。
第二十二話 完
次回『一馬対エントア』




