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王都十剣第九席 雲野夕

 その日は豪勢な食事となった。

 出前を頼み、テーブルの上に様々な料理が並んでいく。


 そんな中、朝の姿はここにはなかった。


「朝さんは?」


 一馬は、戸惑うように訊く。


「ちょっと邪悪な気配を感じたから町の外を見回ってくるって言ってた」


 遥が言う。


「ふーん。じゃあ朝さんの分は残しとかないとな」


「帰ってくるまで待ってあげようよ」


「そうだわさ」


 遥と静流が言うので、一馬はそれに従うことにした。

 床では、猫モードのシャロが煮干しを食べるのに一生懸命になっている。


 そして、げっぷを何度もし始めた。


「ああ、ちょっとタンマ!」


 遥がそう言って、紙を差し出す。

 その上に、煮干しだったものが吐かれた。


「煮干しはトゲトゲしてるからゆっくり食えって言っただろ」


「一馬には煮干しの良さがわからないのにゃ」


 話にならないとはこのことだ。


「朝さん、大丈夫かな……」


 そう言って窓の外を見る。

 綺麗な三日月の夜だった。



+++



 マーナガルムの息子、エントアとフーディアは町の近くまで行って足を止めた。

 父ほどではないが、人を丸呑みに出来るぐらいの巨躯だ。


 町の門の前に、人がいる。それが、とてつもない威圧感を放っているのだ。


 彼女は、小柄だった。子供でも扱えるような細身の剣を、鞘ごと腰から抜いて、地面に杖のように突き立てていた。


「察するに、そなたらは魔界の者だろう。このまま引き返して帰れ。ならば後は追うまい」


 その声には、威厳がある。怯えが一つもない。

 フーディアは笑いだした。こんな滑稽なことがあるのかとでも言いたげに。


「ちんちくりん一人で我ら二人を相手取る? 冗談もほどほどにしておけよ」


「待て。あの封印された剣……雲野朝ではないか?」


「不動の第九席か」


 二匹は一歩を退く。


「朝の奴は俺にバトンタッチして寝てるよ。元々気の強い奴ではない。お前達の相手は、この俺、雲野夕が相手をさせてもらおう」


 王都十剣第九席、雲野朝には三つの人格がある。人見知りで臆病な朝。気さくで人のいい昼。そして残酷な夕。

 三人揃って、第九席なのだ。


「通り過ぎよう。今回の作戦は十剣の弟子の実力を測ることだ。第九席の相手ではない」


 エントアの言葉に、フーディアは頷く。

 そして、二匹は駆け始めた。距離を詰めて、少し手前で跳躍する。


 そして、見えない壁にぶつかって、フーディアは地面へと落下した。


「罰ゲームは君らしいね」


 そう言って、夕は呪文を唱え、剣の封印を解いた。

 剣は日光のように眩く輝いている。

 フーディアは、こんな時だというのに、それが綺麗だと思ってしまった。


 光が幾重にも走る。

 大丈夫だ、とフーディアは思う。自分たちの毛は剣撃をも阻む。


 しかし、相手はフーディアの想像の上をいった。


「千本桜」


 一瞬で、千を超える突きがフーディアの体を襲っていた。

 肉片が、血の付いた毛が、周囲に散って落ちていく。まるで桜の花びらのように。

 それは大地を濡らし、夕を濡らし、周囲も濡らした。

 もしも夕の隣に人が立っていたら、同じ被害にあっていただろう。

 そして、フーディアの意識は闇の中へと落ちていった。


 最後に、剣を鞘にしまう音がした。



第二十一話 完



次回『シャロ対エントア』

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