何故だ!
悪魔王は意識を元の体に戻しているのだろう。部屋から、圧迫感が消えた。
「何故だ、新十郎!」
それが我を取り返した結城の第一声だった。
「針を抜くのを諦めれば、首を落とせたはずだ。光刃から逃げようと思えば逃げれたはずだ。何故だ!」
「当たり前だろ……」
新十郎は微笑む。
「あんたはエースだ。俺達は雑兵だ。各々の仕事をしようや」
結城は衝撃を受けたように硬直し、そして、新十郎の体を神楽に渡した。
「神楽。第二席なら回復させられるかもしれない。連れて行ってくれ」
「わかりました。一馬!」
そう言って、神楽は聖者の剣を一馬に投げた。
「使って。聖属性の剣だから悪魔王には効くと思う」
「二刀流は習ってないんだけどな……」
「使いこなしてみせなよ、ヒーロー」
そして、神楽は新十郎を抱えて走っていった。
禍々しい気配が再び周囲に立ち込める。
通風口から体が落ち、骨の折れる嫌な音が周囲に漂った。
それでも、何事もないかのように悪魔王は立ち上がった。
「結城くんの剣技は全て覚えた。私自身の肉体も絶好調だ。負ける余地などない」
悪魔王は剣を抜く。
「今日は人間界が絶望に染まる日だ。そして始まりでもある。地上侵攻への!」
「何故争わなければならない! 俺達と魔界は良好な関係を築いている!」
悪魔王は虚を突かれたような表情になる。
「ううん。そうだなあ。かさぶたを剥がしたくなる時や、爪を噛みたくなる時はないかい?」
「そんな、くだらない理由で……」
「それが全てだ」
また、魔力の暴風が吹き始めた。
「一馬! 狙うは脳天だ! 使う時は一撃で仕留めろ!」
結城が鋭く叫ぶ。
本体ごと消滅させるという作戦は敵に知られていない。
記憶のブラックボックス化とはそういうことか、と一馬は感心する。
結城は、自分達に悪魔王の本体へと届く攻撃手段があることを隠したのだ。
「わかりました。やります」
「ほう。脳天を潰して結界に隔離するつもりかな。でもね、無理だよ」
悪魔王は剣を構える。
隙が見えなかった。
「今日、帝国は我に屈する。貴様らの負けだ」
「あーだこーだ五月蝿いだわさね」
静流が刹那の太刀で攻めかかる。
それを、悪魔王は受け流した。
「なっ」
振り下ろされた剣を静流は受け止める。
「飛燕二式・改!」
遥は叫んで、居合斬りをする。
鳥の影が複数地面を進み、悪魔王に到達しようとした。
その刹那、悪魔王は全ての鳥の影を断って見せた。
鳥の影が爆発的に膨れ上がり、その中から幾百の影を産んだ。
それは、悪魔王に襲いかかった。
「飛燕二式・改は飛燕三式の特性を取り入れている。凝縮した飛燕に一気に襲いかかられて死なぬ敵などいない」
影が消える。
そこには、魔力のバリアを張って五体満足でいる悪魔王がいた。
「防いだ……?」
遥は、唖然とした表情になる。
「けど、足止めは果たした」
一馬と結城が二人で突進する。
二人共、狙うは頭。
悪魔王は剣を掲げてそれを受けとめてみせた。
一馬は、咄嗟に閃いた。
聖者の剣を、悪魔王の心臓部に刺す。そしてそのまま押していき、壁に縫い付けた。
「ぐおおおおおおおおお!」
悪魔王の叫び声が響き渡った。
「結城さん!」
「ああ!」
断界の力を一馬は覇者の剣に込めた。それは、この世とあの世を繋ぐ特別な力。
結城の方も、準備を整えたようだ。
悪魔王は剣を抜こうと柄を握り、そして痛みに負けたように離した。
聖者の剣。光属性の剣は、持つことすら悪魔王に許さない。
神楽の意志が、残っている気がした。
結城と一馬は二人で、悪魔王の頭部を破壊した。
第百九十五話 完
次回『そして彼も消えていく』
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