サランの町
「久々だなあ」
馬車から顔を覗かせ、シャロが言う。
サランの町は、商業の町だった。市場が開かれ、色々な物が路上に並んでいる。
「ちょっくらギルドで金おろしてくるべか」
そう一馬は言う。
「その……おごりますよ。私はお姉さんですから」
朝が、躊躇いがちに言う。
一馬と静流は顔を見合わせて、微笑んだ。
「それじゃあ頼ろうかな、お姉さんに」
「ええ。どんどん……その、頼ってください」
「で、シャロ。目的地はどこなんだ?」
「北の奥にある地価が安いところ」
シャロは清々しげに微笑んで言う。
「家があるから拠点にもなるわよ」
「それはありがたいけど、掃除してないよな」
そう言うのは遥だ。
「風の魔法で埃を吹き飛ばしてあげるだわさ」
「ありがたいね」
遥は胡散臭げに言う。
「あ、信じてないね?」
「お前の魔術の腕は知っているが、どうも大味すぎる。布団ごと吹き飛ばされたらかなわん」
「大丈夫だわさ……多分」
「多分?」
「力を抑えることぐらいできるだわさ」
不満げに言って、静流は壁に背を預ける。
その体が徐々に滑っていって、最終的に馬車に寝転がった。
「いいですか。取れる時間は二、三日と思ってください。足踏みしていて火竜の卵が孵ればアウトですからね」
朝の言葉に、皆頷いた。
「……故郷に錦を飾るってこんな気分なんだなあ」
シャロは、しみじみとした口調で言った。
+++
シャロが鍵を使い、家の扉を開く。
中には、埃っぽい空気が流れていた。
静流が中に入っていって、杖を一振りする。
「舞い踊れ風の精よ。そよ風の舞」
その途端、涼やかな風が吹いた。
そして、埃を家の外へと運んでいった。
「家中の窓を開けよう」
そう言って、遥が家の中へと入っていく。朝と静流もその後に続く。
そして、シャロと一馬が取り残された。
小さな木箱に気がついて、シャロはそれに近づいていく。
「昔はこの中で、三匹でくらしていたのよ。母も一緒に入って、乳を吸わせてくれたわ」
懐かしげにシャロは言う。
「お前の姉に関する手がかりはあるか?」
「一匹はオッドアイ。もう一匹は、とても足が速かった。多分、人間に捕まることもなかったと思う」
「それでも、生き別れになったと」
「多分、足が速すぎて帰り道を忘れちゃったんだわ」
そう言ってシャロは苦笑する。
「どうして生き別れになった」
シャロは、しばしの沈黙の後、語り始めた。
「私の兄弟は五匹いて、うち三匹が黒猫だった。私の母は刹那の父と契約していて、刹那の父は黒猫を処分しようとした。それを敏感に察した母が、黒猫三匹を抱えて逃げて、辿り着いたのがこの町」
「師匠の家の子だったのか」
そういえば、刹那とシャロは親しげだった。
その理由の一端を知った気がした一馬だった。
「私達は木箱に入れられて、丁寧に育てられた。時々木箱から出されて追いかけっこもしたけれど。刹那の差し入れもあって、母は給仕の仕事につき、順調に時間は流れた。はずだった」
「はずだった?」
「うん、はずだったの」
そう言って、シャロは悪戯っぽく微笑む。
その瞳に宿る切なさに、一馬は胸を射抜かれたような気分になった。
「半年ほどが過ぎた。私達は大きくなっていた。それまで飛び越えれ無かった木箱を、飛び越えられるようになっていた」
シャロはそう言って、木箱を擦る。
「まず、かけっこの速い姉が外に出た。次に、オッドアイの姉が外へ出た。町を見に行こうと二匹は言った。そして窓から出ていって、二度と帰っては来なかった」
一馬は黙り込む。最悪のケースを想像したのだ。
「わかってるわ。多分、もう生きてはいないって。けど、姉妹だもの。最後がどうあったかは気になるわ」
シャロはそう言って、木箱を擦るのをやめて、立ち上がった。
「一年が経ち、私は立派な成猫になった。母は狩りの仕方なんかを教えてくれて、これからは一匹で生きていきなさいと言った。そしてこうも言った。あなたの良さをわかってくれる人も必ず現れるわ、と」
シャロは、潤んだ瞳で一馬を見る。
「そして、私はずっと一馬を待っていたんだ」
一馬はむず痒いような気分になった。
シャロを抱きしめたいような思いがある。それを、必死に堪える。
「お前の姉の情報は見つからないかもしれない」
一馬は、淡々とした口調で言う。
シャロは、俯く。
その帽子をかぶった頭に、一馬は手を置いた。
「けど、これからは俺がずっと一緒だ、相棒」
「うん」
シャロは、弾んだ声で言う。
その日は、久々に新鮮な食材を買い込み、鍋料理が作られた。
皆で囲む食卓は、家族で食事をとるような暖かさに満ちていた。
第十九話 完
次回『道化師は踊る』




