師として
八葉の実力の向上は目を見張るばかりだ。
三日で滝の三分の二を斬るようになり、一週間で滝を完全に斬った。
「君は卒業だ。帝都に戻り任務につくがいい」
「いえ。まだ覚えることはあります。一馬さんと直接戦闘がしたいです」
予想外の提案だったが、自分の修行にもなるので、一馬は快諾することにした。
一方、神楽は亀の歩みで、滝を全く斬れていない。
一先ず、八葉との模擬戦を行うことにした。
速い。以前戦った時よりも速度が格段に上昇している。
そこから繰り出される連撃は、一馬も流石にひやりとした。
しかし、相手はまだ自分の速度に慣れてはいない。
一馬は攻撃を回避すると、相手の横をくぐり抜け、後頭部に刀をつきつけて止まった。
八葉は振り向き、苦笑する。
「流石は勇者。私も随分強くなったつもりでしたが、まだ敵いませんか」
「自分の速度に慣れればもっと攻撃のバリエーションが増えるだろう。慣れるまで山中を駆けてきたらどうだ」
「そうですね。私はまだ、私の速度に慣れていない」
「私にアドバイスはないわけー?」
八葉が空を駆けて行く。
不満顔の神楽に、一馬は歩み寄っていった。
「不条理の力の存在はお前も理解したな?」
「うん」
「不条理の力が特定の条件で出現すると言うなら、不条理の力というのも条理の中に組み込まれているとは思わないか?」
「ややこしい」
「できる人間がいるってことは、世界がそういう風にできているってことだ」
「つまり……これは当たり前の力だと?」
これは、雲野朝から学んだこと。教わったことを、次代に繋げる。
「そういうことだ。イメージすることだ。イメージは現実に変わる」
神楽はしばらく考え込んでいたが、滝に向き直った。
そして、抜刀術を放つ。
滝の中央部分が、全体の五分の一ぐらい斬れた。
「わ、本当だ。気持ち悪いなあ」
「お前はまだまだ実力向上の余地がある。キシャラ達のためにも頑張るんだな」
「うん、わかった」
神楽はそう言うと、目を輝かせて滝に向かった。
+++
子供二人の寝顔を見ながら、一馬は心が温かくなるのを感じていた。
「どうしたの? 子供の顔なんか見て」
シャロが部屋に入ってくるなり、言う。
「ああ、いやな。今後のことを考えていた」
「今後のこと?」
「キスクを倒した後のことだ」
「ギルドの報酬で食べるには困らないじゃない?」
「そうだがな。やってみたいことがある」
「なあに?」
「弟子をとって育てるんだ。勇者の弟子。その肩書だけでも欲しがる奴は沢山いる」
「老後の余生みたいね」
シャロは苦笑交じりに言う。
「けど、教え子は育つし、皇帝陛下から給料が出るようにしてもらえばいいし、悪いことはない」
子供の頭を撫でる。
「俺の弟子が、俺の子供達を守るんだ」
シャロが、一馬の体を背後から抱いた。
「私、怖いの」
「なにがだ?」
「キスク。今までの敵とは違う。絶対的な存在」
そうだ。キスクの本体は神がいるような次元に存在している。
「あなたが、殺されてしまうんじゃないかって」
「馬鹿言うなよ」
一馬は、振り向いてシャロの頭を撫でる。
「俺の肩書を言ってみろ」
シャロは苦笑する。
「……勇者」
「そう。勇者は悪を倒すものだ。その長すらも」
そこで、一馬は閃いた。
悪を断つ剣。
キスクに届く剣。
「ちょっと修行してくる」
「こんな時間に?」
「君と契約しているから夜でも道は見える。行ってくる」
「わかったわ。無事帰って」
「ああ」
そう言って、一馬は山へと駆けていった。
退魔滅砕陣だって同じだ。一流の人間が才能を出し切って作った技だからこそ相手の本体に届いた。
一馬も人材としては一流を自負している。
相手の本体に届く技を、開発できるはずだった。
その、閃きがあった。
第百八十五話 完
次回『退魔の太刀』『決戦を前にして』『最後の一人』
明日投稿予定です。




