悪魔王の戯れ
さて、どうするか。一馬に炎の魔術は使えない。光刃で粉々にしたいところだが、それでは前回の繰り返しだ。
「火を持ってきてくれるか!」
一馬が、十剣見習いに言う。一人が立ち上がり、駆けていった。
そして、薪を持って戻ってきた。
一馬はそれを受け取ろうとする。
同時に、腹部を剣で貫かれた。
「な……?」
一馬は血を吐きながら、後方へと飛ぶ。
薪を全て地面に転がした十剣見習いの手には、剣が握られていた。
キスクの方を見る。
頭は再生されていない。しかし、両腕が胴体から離れ、宙に浮いていた。
そこからは、人を操る魔性の糸が伸びていた。
慌てて、糸を断つ。しかし、既に操られている者と繋がってる糸は、鋼鉄のように斬れなかった。
十剣見習い。その中には機会や自信がないだけで十剣に肉薄する者がいる。
彼もその一人だ。一馬は直感的にそう感じていた。
彼は剣を引き、一馬に肉薄する。
「五連華!」
五回連続の突きが繰り出される。
その全てを、一馬は弾いた。
(どうする? どうする? どうする? 彼だって生きたいはずだ。十剣として国を守りたいはずだ。殺すなんて、できない)
「あの腕に気をつけろ! 洗脳の糸を伸ばす!」
一馬の言葉に、残った二人は頷いた。
そして、一馬は操られている一人と剣をぶつかり合わせる。
そこまでの腕ではない。多分第十席に届くかどうかといったところだろう。
それでも、彼が今まで修練を怠らなかったことはわかる。
それが、一馬の剣を鈍らせる。
その次の瞬間、彼は地面を向いた。
そこから、目を抉らんと突きが放たれる。
今なら、斬れる。その躊躇いが、一馬の動きを鈍らせた。
鉄と鉄がぶつかるような澄んだ音がした。
「間に合ったようだな」
不死公リゼルドと、第六席八葉が、その場に辿り着いていた。
リゼルドは片手で、相手の剣を受けとめている。
「糸に気をつけて! 洗脳される! 悪魔王の糸だ!」
「ほう」
リゼルドはそう言って八葉と一馬を抱えると、倒れている斬歌とそれを見守る二人の見習いの傍に立った。
その体から、圧倒的な魔力の渦が放たれた。
なんて魔力。
斬歌や龍公シアンより遥かに上だ。
「これでひとまず、洗脳される憂いはあるまい」
こともなげにリゼルドは言う。
操られている一人はリゼルドに狙いを変えた。
大地に手を当てて、聖属性呪文を放とうとする。
「リゼルドさん、地面を!」
リゼルドは、八葉に言われて気がついたようで、地面を踏んだ。
そこから大地にヒビが割れ、操られている一人を飲み込んだ。
そして、ふと気がついたように言う。
「私の地面操作の術。何故初対面の君が知っている? 勇者にも知られていない技だぞ?」
「え……?」
八葉は、ふと我に返ったように戸惑いを見せる。
その瞳が迷うように揺れ、最後にはリゼルドを見る。
「まさか、君が……」
「私が……?」
二人はそのまま、絶句した。
斬歌が物憂げに立ち上がった。
「まったく。油断しているつもりはないのだがな」
その体が膨れ上がるように大きくなり、角が三本に増えた。
前回戦った時は全力を出していないようなことを言っていたが、それは本当だったかと一馬は舌を巻く。
潜在魔力量が桁違いだ。
リゼルドは我に返ったように、八葉から視線を逸した。
「鬼人公。君の意見を聞こう」
「光刃、聖属性魔法、火。どれかだな」
「光刃じゃ奴は残ってしまうようです」
「それじゃあ、私の出番のようですね」
魔力の渦の外に、刹那が降り立った。
早速伸びてくる魔力の糸を流麗な動作で斬り落とす。
そして、彼女は地面を刺した。
「退魔滅砕陣!」
黒い渦に対抗するように光の渦が舞い上がる。
それに触れた瞬間、キスクの頭と腕と体が蒸発した。
残ったもう一本のキスクの腕が逃げていく。
それを、無言で接近した斬歌が二つに断った。
「いくぞ、お嬢ちゃん」
「どうぞ、ご随意に」
二つになった腕を斬歌は刀で突き刺し、退魔滅却陣の中に投じた。
腕は、最初からなかったように消えてしまった。
「また新技ですか、師匠」
一馬は苦笑交じりに言う。
「十剣として腕を磨くのは当然のことです。なにか不服でも?」
「いえ、誇らしいですよ。弟子として」
こうして、キスクとの二度目の戦いは一先ず幕を下ろした。
第百八十話 完
次回『それぞれの別れ』
二十時頃投稿予定




