青い空が見たい
空は様々に模様を変える。
赤から薄紫に、転じて透き通るような青に。
あれが妻が欲した青。
魔界の絵の具では表現しきれなかった色。
それを、リゼルドは黙って見ていた。
「不死公殿は寝られないのですか?」
仮眠から起きた八葉が戸惑うように言う。
「不死公に睡眠は不要。食事も不要だ。魔力の篭った空気さえあればいい」
「なるほど、流石です」
八葉は目を輝かせて言う。
不死公は苦笑するしかない。
「なにやら十剣殿は私に興味をお持ちのようだ」
「あなたが悪役の物語を読み聞かされて育ちましたからね。化物とされた初代皇帝。それと肉薄した伝説の不死公。私の相棒はあなたしかいないと思っていました」
不死公は苦笑する。
「私の側頭部が見えるか」
「割れています」
「ここから、光の魔法を叩き込まれたのよ」
不死公はそう言って、どんどん青くなっていいく空を見上げた。
「体はバラバラになり、再生するのに十数年かかった。その間に、私の妻も逝ってしまった」
「奥さんがおられたのですね」
「ああ。あれから何年も生まれ変わりが現れないかと待っている。しかし、輪廻転生など初代皇帝が言い出した戯言なのかもしれない。事実」
そう言って、リゼルドは自分を指す。
「死者とも生者とも言えない私のような存在がこの世に引っかかっている」
「運命ですよ」
八葉は、苦笑交じりにそう言う。
「奥さんの生まれ変わりを見つけるため、不死公はその長い生を与えられたのです」
「そうかな……」
「そうですとも。元気を出してくださいまし」
「不思議だな」
八葉は戸惑うように目を丸くする。
「あなたといると何故か懐かしい気分になる。以前、そんな知人がいたのかもしれん」
「かもしれない、というと?」
「長い寿命だが、記憶できる容量には限度がある。だから私は無駄な記憶は徐々に捨てていくことにした。時には長期睡眠に入って記憶を整理したりな」
「……奥様のことは?」
「……数百年経った。大事に残しておこうと思ったのに、顔も思い出せない。自然なことだ」
沈黙が漂った。
八葉は、不死公の肩を叩いた。
「大丈夫大丈夫。生まれ変わりを見つけたらすぐにこの人だってわかりますよ」
「そうかな」
「そうですよ」
そう言って八葉は微笑む。
嫌な笑みではなかった。
「種族によって態度を変えたりしない。君はできた子だ」
リゼルドはしみじみとした口調で言う。
「不可侵条約を結んだ時に過去のいざこざは水に流したと思っています」
八葉の眉間にしわがよる。
「だから、今回の犯人のような相手は許せない」
リゼルドは八葉の頭を撫でた。
「大丈夫だ。ゆったり構えることだ。人材を用意し、適切に対応すれば、解決できないことなどない」
八葉は驚いたような表情でリゼルドを見る。
「不思議です」
「なにがだ」
「あなたと話していると心が落ち着く。まるで父上といるかのようです」
「私に子供はいないよ」
「そうでしょうね」
八葉は苦笑して、前を向いた。
+++
「肉が足りねえなあ」
「私の料理は不服ですか」
鬼人公斬歌と帝都十剣刹那が睨み合っている。
「いやな十剣殿。ほんの少し、ほんの少しあなたの持っている肉を焼いてくれるだけでいいのよ。俺は満足する」
「私の料理は不服だったかと聞いているのです」
「あー。野菜ばっかで味気なかった」
「野菜の甘みが分からないだなんて不幸な人だ! 普段どんな食生活をされているのですか!」
「三食肉」
刹那は絶句した。
二人の喧嘩を聞きながら、一馬は食事をとっている。
美味い。どこへ嫁へ行っても満足されるだろう腕前だ。
それでも肉がほしいとはどれだけ偏食家なのだろう。
一馬は呆れるような思いだった。
もっとも、鬼人と人では食生活も違うのかもしれない。
「お、一馬、今呆れたな?」
「滅相もない」
「気配でわかるぞ。全力で戦うか?」
「滅相もない!」
案の定言い出した。一馬は慌てて否定する。
その時のことだった。
刹那が表情を強張らせ、人差し指を口元に置いた。
「しっ」
一馬と斬歌も動きを止めて周囲を警戒する。
命が消えていく気配がした。
次の瞬間、一人と一体は駆け出していた。
刹那は、焚き火に水をかけて消して、後をついてくる。しかし、徐々に徐々に遅れていった。
「強い奴かな」
地を駆ける斬歌は空を駆ける一馬に問う。
「刹那さんに重症負わせてますからね。一筋縄ではいかないかと」
「面白え」
そう言って、斬歌は指を鳴らす。
「今回の任務。仕上げは俺達がもらった」
「そう上手くいくといいですが」
「なんだ、乗り気じゃないな」
「なんか、嫌な予感がするんですよね……」
沈黙が漂った。
斬歌は、重い口を開いた。
「そういう思いは心の中に伏せておけ。言葉には魔力がある」
「はい」
そして、二人は村にたどり着いた。
十剣の弟子三人が一人を相手に戦闘している。一人の手には、確かに邪法の剣があった。
「退け!」
一馬は、そう言って両者の間に割って入る。
斬歌もその横に並んだ。
「しかし、我々は十剣見習いです。放置できません」
「そうかい。俺達は鬼人公と勇者だが?」
斬歌が面倒臭げに言う。
「任せました」
「素直でよろしい」
そして、一人と一体は、黒い剣を持った相手と対峙した。
剣から夥しい魔力が流れ出し、相手の体全体を覆っている。
なるほど、これはただの剣ではない。
斬歌が敵に飛びかかる。そして、居合で胴を斬った。
「胴を斬りゃ操られててもどうにもできないだろう」
そう言って、斬歌は相手の手から剣を奪い取る。
「あー。やっぱか。そうだよなって感じだよな」
そう言って、斬歌は剣の柄側のなにもない空間を爪で斬る。
「どうでした?」
「悪魔王の魔力の糸がついていた。操られていたのはこの剣だ」
「剣が、操られる……?」
「意志を持った剣ということだろう。事実、持っていて非常に重い。身動きが取れん。それに、なんか悪寒がするしな」
そう言って、斬歌は剣を地面に突き立て、柄に手を置いた。
「ん? 悪寒が消えな……」
その時、なにもない空間から手が伸び、斬歌の腹部を貫いていた。
斬歌は血液を吐き出す。
「その剣は俺のおもちゃだ。誰にも渡したりはしない……」
「悪魔王……か……」
斬歌は地面に崩れ落ちる。
「一馬! 五分頼めるか!」
斬歌は言う。
「それだけあれば、俺も回復する」
一馬は、無言で頷いた。
なにもない空間から、男が一人現れた。
まるでピエロのように、貼り付けたような笑顔を顔に浮かべている。
遊具公、いや、悪魔王、キスクだ。
結城と一馬が粉々にしても死ななかったこの男。
それが、完全回復して再び目の前に立っている。
「お前の対処なら結城さんと真剣に考え込んだ」
一馬はそう言って、剣を鞘から抜く。
「燃やし尽くせばいい。そうだな?」
「どうだろうね。俺にもわからないところではあるが、やれるのかな? 結界の勇者殿」
十剣の弟子達が斬歌を運んでいく。
その勇気に、心打たれた。
「やれるさ。お前は不死という能力を持っているだけの、凡庸な剣士だ」
「言うじゃないか」
キスクは少し苛立ったような表情になる。
その胴を、一馬は斬り払っていた。
新たな技、滝斬り。斬岩一光が縦の技ならば、これは横の技。
大きな範囲を、不条理の力で薙ぎ払う。
「斬歌さんの言うとおりだ。胴を斬られたら中々どうにもならないな」
「ま、まて……!」
そう言って、キスクは片手を上げる。
その脳天を、一馬は素手で粉々にした。
問題は、ここからだった。
第百七十九話 完
次回『悪魔王の戯れ』
18時頃投稿予定




