勇者対姫
闘技場の観客席には皇帝とその側近数名と結城のみ。
そんな寂しい状況下で一馬と八葉の対決は始まった。
八葉は刀を抜いている。オーソドックスな刀だ。なにか仕込みがあるようには見えない。
しかし、彼女は限定状況下では結城より秀でていると皇帝は言った。
その情報を信じるならば、彼女の何処かに秘密があるはずだ。
一馬も刀を鞘から抜く。師から譲り受けたものだ。
覇者の剣は使わないでほしい、と皇帝からの注文があったのだ。
なんだかんだで親バカなんだなと思う。
そして、張り詰めた空気が周囲を覆い始めた。
(なんて剣気だ……)
一馬は思わず心の中で呟く。
彼女の放つ剣気は、新十郎に匹敵する。
第二席を望むのも伊達ではないということか。
一馬は、試しに七割程の力で彼女に向かって跳躍した。
その瞬間、それを超える速度で彼女は接近してきた。
一馬は思わず目を見開く。
(お姫様……だよな?)
一馬は相手の刀の軌道を自分の刀で逸らす。
そして、反撃の峰打ちで相手の首を狙った。
彼女は後方に飛んでそれを回避する。
そつがない。そんな表現が相応しい。
何事もこなしてみせる。そんな雰囲気が彼女にはあった。
「流石は勇者。これを出すしかありませんか」
八葉は苦笑してそう言うと、刀を鞘に収めた。
そして、抜刀術の準備を取る。
彼女の踏み出す足には、不条理の力が溜まりつつある。
(まさか……?)
「刹那の太刀!」
一瞬で八葉は一馬の傍まで接近した。
そして、抜刀術を放つ。
カウンターの中でも自分が傷つかずに済むものは。
それを咄嗟に判断し、刀を動かす。
八葉の右腕が断たれて宙を舞った。
八葉は硬直していたが、我に返って後方へ数歩跳躍する。
そして、治療呪文で傷口を癒やした。
流石に腕が生えてくるほどの急激な回復は刹那でなければ無理だが、傷口は塞がったようだ。
「仕方ないですね。奥の手を出すしかないようです」
八葉はそう言って、妖しく笑った。
「刹那の太刀で十分驚いたけどな」
「あれは覚えたてのものです。実戦で使える程の完成度ではありません」
「伝聞だけで技を覚えたのか」
「刹那の太刀は威力は莫大ですが単純な技ですからね。では。生きてまた会えますように」
そう言って、八葉はスカートの端を持ち上げると、一つ礼をした。
一馬は剣を構えて、相手の動きを待つ。
赤い結界が、一馬の周囲を囲んだ。
(しまった!)
手を誤った。高速移動でかく乱するのが正しい道だった。
結界はあっという間に収縮していく。そして、一馬の体を締め付けた。
一馬も結界を展開する。
少し押し返すが、この赤い結界の収縮する力は並大抵のものではない。
八葉はその間に、飛んだ右腕を切断面にくっつけ、治癒の呪文でくっつけていた。
そして、八葉は握りしめるように赤い結界を収縮させた。
「断界!」
断界が赤い結界を消滅させる。
一馬は息を切らしている。しかし、八葉は余裕顔だ。
既視感があった。それは、初めて十剣と戦った時の記憶。
相手の決め技の多さが理解できなくて、対応に戸惑う様。
面白い。
「俺が勝つ!」
一馬は宣言するように言った。
八葉は微笑んだ。
「……私も、負けませんことよ」
八葉はそう言うと、高速移動を開始した。
後ろを取ろうという気なのだろう。
一馬も高速移動を開始する。
八葉程の速度ではないが、外周を回る八葉よりも内周を回る一馬の方が有利だ。
そして、一馬と八葉が横一線に並んだ。
二人の刀が交差する。
そして、一馬は刀を引いた。
「五連華!」
五つの突きが相手を襲う。
その全てを、八葉は弾いてみせた。
「七連華!」
八葉は、やはり弾く。
「九連華!」
突きの一本が、八葉に突き刺さった。
しかし、同時に八葉は一馬の肩を突いていた。
(面白い、面白い、面白い……! なんだこの反射神経の良さは。まるで宝石の原石だ)
その時、八葉が足を止めた。
「まいりました」
そう、八葉は宣言した。
一馬は戸惑う。
「いい勝負だったと思いますけど」
「オーバーヒートです。無茶をしなければあなたと互角の戦いをするなんてとてもできなかった。流石は勇者。結城さんと肩を並べし者」
「……それはいただけないな」
一馬の言葉に、八葉は戸惑うような表情になる。
「と言うと?」
「敵は限界を迎えても襲い掛かってくる。その都度限界だから無理だと言っていては十剣は務まらない」
「……そうですね」
八葉はしばし考えて、頷いた。
「もう少し、付き合ってくださいますか?」
「いくらでも」
そう言って、一馬は微笑んだ。
八葉は照れたように、視線を逸した。
第百七十三話 完
次回、『帝都の異変』
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