姫であり、騎士である
季節も冬になった頃、一馬は皇帝に呼び出されていた。
静流の件についてだろうな、というのはだいたい予測がついた。
案内の兵に玉座の間に連れて行かれた一馬は、そこで膝を折って、頭を垂れて皇帝の来訪を待った。
間もなく、待ち人は現れた。
「一馬、面を上げよ。ワシとお主の仲だろう」
「それでは、お言葉にお甘えして」
一馬は顔を上げる。
「静流はどうだった」
皇帝は、なんとなく気まずげに、目をそらして言う。
一馬は苦笑した。
「魔族公として残るそうです。人間との融和の道を探ると」
「融和、なあ。ワシはそんな大事よりも人材の欠落という問題のほうが頭が痛い」
「第二席はまた、空白ですか。遥では不服ですか?」
「飛燕三式は確かに脅威だ。第二席の格はあるかもしれん。だが、その前に」
皇帝は苦い顔になった。
「第二席に立候補している者がいる」
「ほう」
「彼女を説得してくれるようお前に頼みたい」
「俺に? 結城さんにではなく?」
「結城は奴に甘い。強い発言ができないだろう」
「して、その人は? 実力は二席レベルに達しているんですか?」
「うーむ……」
皇帝はどう答えたものかと難しげな表情で唸った。
「姫様、なりません。客人の来訪中です!」
「どきなさい! 私はお父様に用事があるのです!」
背後がなにやら賑やかだ。
そして、兵達の間から、人が一人出てきた。
「お父様!」
女性の声だ。
玉座の間にブーツの足音が響き渡る。
そこには長身な女性がいた。男装をしているが、胸は大きく、長い髪の毛には緩くウェーブがかかっている。
腰には剣を帯びている。
自信に満ちた表情をしていた。
「私の第二席の件、考えてくださったでしょうか」
「お前は姫だ。城で裁縫でも習っていればよかろう」
「いざ戦乱になれば、私が前線に立てば兵の士気も上がるでしょう。私は姫である前に騎士なのです」
「これだ……」
皇帝は頭を押さえる。
そして、一馬の存在を思い出したように苦笑いした。
「彼女は八葉。第二皇女だ」
「ええ。そして、未来の十剣第二席です」
「俺としては姫とかそういうのはどうでもいいんですけど」
「どうでもよくはない」
皇帝が釘を刺すように言う。
「まさか娘がこのような才を持って生まれようとは……」
「まあ、姫というのはわかるのですが。実力の程は?」
皇帝は頭を垂れた。
「状況さえ限定すれば結城より強い」
「は?」
一馬は口をあんぐりと開けるしかなかった。
「しかし、お前でも遥でも状況を限定すれば結城より強かろう」
「それは、まあ。状況によりますね」
「……少し、実力を見てもらえるか?」
皇帝は深々と溜息を吐く。
「チャンスをいただけるのですか? 父上!」
「この国では結城の次に強い男だぞ、一馬は。頭も回る」
「面白いというものです」
そう言って、八葉は鞘から剣を抜いた。
「ここで戦う気か?」
呆れたように皇帝が言う。
八葉が我に返ったような表情になり、鞘を剣に収める。
「闘技場は今日は使う予定はないな?」
皇帝は側近に訊く。側近はメモ帳を開いて中を見ていくと、一つ頷いた。
「はい、ありません」
「なら、一馬に習うがいい。実戦の怖さ、恐ろしさを。刹那を呼び出してくれ」
そう言って、皇帝は去っていった。
他の者達も去っていき、後には、一馬と八葉が残った。
「言っとくけど、俺、強いですよ」
八葉は無邪気に微笑んだ。年頃より幼く見える笑みだ。
「私もです」
なんだか、気がほだされるような気分になった一馬だった。
「城の外へ出ましょう。教えてください。あなたの武勇伝を」
そう言って、八葉は人差し指を立てる。
「聞いてないものがあったら損ですからね」
そう言って、子供のように笑った。
第百七十二話 完
次回『勇者対姫』
金・土・日はトラブルがなければ三話ずつ更新します。




