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私は魔族公静流

「いきなり消えて心配したぞ」


 一馬が、静流の背を叩きながら言う。


「本当よ。三人で一緒にって約束したじゃない」


「ごめん。ごめん。ごめんなさい」


 静流は涙を流しながら、その言葉を何度も繰り返した。

 一馬と遥は静流を座らせ、その横に座った。


「魔族公静流かぁ。調印式で会った結城さんは仰天してたぜ」


「……うん、驚いた顔をしてた」


 静流は涙を拭いながら答える。


「静流が魔族混じりなのは知ってたみたいだけどね」


「魔力の抑え方も最近まで知らなかったから仕方ないだわさ」


「あー。なんか安心するな、この三人が揃うと」


 一馬が噛みしめるように言う。


「シャロは?」


「シャロまで連れてきたら子供の護衛がいなくなるだろ」


「ご尤も」


 そう言って、遥に体重を預けていた静流は、自分の力で座ろうとした。

 しかし、遥の腕が、静流を引き寄せた。


「まったく、いつも唐突なのよね。剣を使えるっていきなり言い出したり。魔族公の娘だっていきなり言い出したり、魔族公になりましたって事後報告してきたり」


「ごめんだわさ」


「いいんじゃないの。嫌で隠していることを私達のために暴露してくれてるんだから」


「帝都にはいつ頃戻れそうか?」


 一馬が、恐る恐るといった感じで問う。


「私は魔族公だわさ」


 静流は、自分に言い聞かせるように言う。


「もう、帝都十剣としては活動できないだわさ」


「……そうか。けど、また会えるよな?」


「人間と魔族の融和が進めば、あるいは」


「魔界と人間界も随分近くなった」


 一馬はしみじみとした口調で言う。


「俺達の世代の課題だな」


「そうだわさね」


「お前がいなくなると心細いよ」


 その一言は、静流の胸に針のように刺さった。


「それはそうだわさ。魔族公一人分の戦力がいなくなるんだから当然だわさ」


「お、こいつ、調子に乗ったな」


「けど、それでも互いの居場所で互いにやっていくしかない。そうでしょう?」


 一馬はしばらく俯いて考えていたが、そのうち苦笑した。


「そうだな。互いの生きる場所で。互いに精一杯に」


「そうだわさ。指切り」


 そう言って、静流が小指を差し出す。

 一馬は、その指に自分の小指を絡めた。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます。指切った」


 二人の小指が離れた。


「なに今の物騒なの」


 遥が呆れたように言う。


「俺の故郷の儀式」


「二度と一馬の故郷には行かないって今決めた」


「別にいいけどな」


 静流は立ち上がった。


「私は魔族公静流」


 宣言するように言う。


「魔族の孤児や困窮する民を救いに導く者」


「なら、お前が魔族の勇者なんだろうな」


 一馬が、穏やかな口調で言う。


「資質はあるかもねえ」


 静流は、とぼけた口調で言う。

 この日、静流は自分の運命を受け入れた。

 それから、彼女はすっきりとした表情で公務に励めるようになったという。



+++



 その日、亜人公領に異変が起こった。

 王宮に賊が侵入したのだ。


「セレンの離宮への護衛を五十人ほど回せ! 賊の足取りを追え!」


 キシャラが寝起きで集まった兵達に指揮を取る。

 そして、キシャラは意識を集中した。

 今、王宮の中へ入った一番の異物は何処にいるか。


 意外にも、美雪の部屋からその気配は感じられた。

 慌てて、駆け出す。


 肩に異変を聞きつけてやって来たらしいシーリンが乗る。


「美雪が狙いらしい。どう思う? セレンがまたやったか」


「そう疑ったら可哀想にゃ。思うに……狙いは、剣」


 失念していた。キシャラは思わず目を見開いた。


「邪法の剣か」


 そして、扉が開くと、中には横たわる神楽と、布団を掴んで震えている美雪がいた。

 窓が開いて、風が入り込んできている。

 神楽の呼吸と傷口を確認する。


 大丈夫だ。命に達する怪我ではないようだ。それでも念のため、魔力で回復のエネルギーを送る。


「魔物だったか?」


 できるだけ優しく、美雪に問う。


「……人だった。あんなに強い神楽が、一瞬で斬り伏せられるほどに強かった」


「人……?」


 戸惑いながらキシャラは口にする。

 この日、邪法の剣は何者かに強奪された。

 本来ならば呪いで動けなくすらなるというその剣を、賊は悠々と盗み出した。



第百七十一話 完

今回の更新はここまでです。

次週も数話ずつ引っ提げてやってこようと思います。

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