龍公対魔族公
「一度どっちが強いか試してみたかったのよ」
シアンが言う。
人気のない崖の上だった。
「私の周囲はバトルマニアばっかりですか」
苦笑混じりに静流は言う。
その片手には、剣がある。
ギルドラの作らせた剣。その長さは静流の身長に容易に達する。
「私達のレベルになれば回復は魔力で賄えるでしょう。やりましょう」
そう言って、シアンは足元をならすように二回蹴る。
そして、飛びかかってきた。
足に魔力と不条理の力を混ぜて送る時間はない。魔力だけで跳躍する。
腕と剣が、魔力のバリアとバリアがぶつかりあった。
互いに、無傷。
(なんて硬さ)
静流は呆れたように思う。
鉄よりも硬い腕に魔力のバリア。付け入る隙がない。
(本当に、そう?)
静流は剣を後ろに引き、魔力と不条理の力を足に送る。
「気配が変わったわね」
シアンはそう言って、構えをとる。
彼女の魔力のバリアが大きく膨れ上がった。
「今のあなたは、凄く活き活きとしている。あるいは、私達はこういう場面でしか輝けないのかもしれない」
静流は答えない。集中力を乱さないためだ。
静流の魔力のバリアも膨れ上がっていく。
そして、二人は同時に動いた。
魔力のバリアは相殺される。
そして、剣と、拳が、振るわれた。
静流の頬に拳がぶつかる。
そして、静流は何回転もしながら吹き飛んでいった。
「ありゃ」
シアンは間の抜けた声を出す。
「剣止めたでしょ? 馬鹿だなあ私相手に手加減するなんて」
そう言ってシアンは近づいてくる。
その背後に回って、静流はシアンの首に剣を突きつけた。
全身痛くて、口からは血が溢れている。それでも自分を突き動かすのは何か。それは、静流にもわからない。
「八公であれど、首をはねて生きている生物は少ない」
「例外がいるわ」
「例外……?」
「悪魔王キスク」
沈黙が漂った。
自分達が相手取っているのが得体の知れない化物だということをあらためて実感させられる。
「剣、予備あるわよね?」
シアンはその日の天気でも訊くような気軽さでそう尋ねた。
「ありますよ。一杯」
「そう」
そう言うと、シアンは剣を手で掴んだ。そして、魔力の篭ったそれを、勢い良く握りつぶした。
これには流石の静流も驚くしかない。
「駄目だね。いくらやってもあんたは本気を出せない。それじゃ、本気の私には届かない。引き分けということにしておこう」
シアンはそう言って、静流に振り向く。
「健闘したあなたにはご褒美があるわ」
「ご褒美……?」
シアンは、一瞬で目の前から消えた。瞬間移動だ。
そして、次の瞬間には遥と一馬を連れて戻ってきていた。
手の力が緩んで、剣が地面に落ちる。
そして、静流は遥と一馬を抱きしめて、泣き崩れていた。
「ホームシックって顔してたからね。一時間ぐらいたっぷり話しなさい」
そう言って、シアンは離れていった。
第百七十話 完
次回『私は魔族公静流』
三時頃投稿予定




