不条理も条理に
馬車に揺られ王都を目指す。
途中、サランによることは朝も快諾してくれた。
たまには宿でゆっくり眠りたい、ということらしい。
遥が馬を操り、馬車は王都へ向かって進んでいく。
朝は小さくなって、まるで借りてきた猫だ。
「十剣なんだからもっと堂々としてほしいな」
一馬は苦笑交じりに言う。
「人に自分の理想を押し付けるのはエゴだわさ」
「つっても、剣を抜けば俺達より強いんでしょう?」
「ええ、まあ、多分。剣を抜ければ」
「抜けないんですか?」
一馬は戸惑いながら問う。
「特殊な術式を組み込んだ剣なのですよ。だから私のメインウェポンは弓矢です」
やはり、不思議な人だと思う。
「まあ、任せてくださいよ。朝さんに襲いかかる奴がいたら俺が体を盾にしてでも守ります」
「調子のいい奴……」
シャロが恨めしげに言う。
「私、契約者探し直すの嫌よ。凄い手間だわ」
「ああ、それはその……」
「あはは。男は軽はずみなことを言うもんじゃないだわさ」
遥と静流が笑って、朝も少し笑った。
朝もこうやって、皆の輪に入ってこられたらと思う。
朝と一馬達の間には見えないガラス張りの壁があるかのようだ。
朝は絶対にその向こうからこちらに来ようとしない。ガラスの隅から用心深くこちらを伺い見ている。
なにが彼女をそうさせるのか。
それは、一馬にもわからない。
「朝さん王都ではモテたでしょ」
そんな軽口を叩く。
「いえ、それが、王都では私を畏怖するか軽蔑するかのどちらの人間かしかいなくて」
「こんな控えめで可愛らしい娘さんを軽蔑するなんてどうかしてる」
そこまで言って、一馬は師匠の態度を思い出した。
あれは確かに、相手の仕方に困っているような態度だった。
やはり、朝はどこか不可解だ。
見ると、朝は顔を真赤にして俯いている。
「どうしたんですか? 朝さん」
「あんたって可愛らしいって女の子をナチュラルに褒めれるんだね。ある種尊敬するだわさ」
「俺は事実しか言ってない」
「もうやめてくださーい!」
朝の叫び声が周囲に響き渡った。
「可愛い、禁止!」
そう言って、朝が一馬を指差す。
「はい!」
咄嗟に一馬は背筋を伸ばす。
そうやって照れてムキになるところも可愛いのだと思う。
+++
夜になった。
一行は火をおこし、干し肉を焼く。
「不寝番の順番を決めよう」
そう、遥が言う。
「私は無理です」
朝が小さくなって言う。
「無理というと?」
遥は少し苛立たしげに問う。
「ぐっすり寝ている皆さんを起こすなんて私にはできかねます。それに、この中で一番護衛に向いているのは私です。精度を落とさぬためにもしっかり寝ておきたい」
「……わかりました」
遥は溜息混じりに言う。
「それじゃあ、俺、一馬、静流の順でいいかな。蹴飛ばしてでも叩き起こせよ」
「了解だわさ」
「うい」
「ちなみにこの辺りは初代皇帝が討伐した不死公リゼルドの元縄張りです」
朝が淡々とした口調で言う。
「夜にはゾンビが出ると思うので、注意してください」
「わかりました。ゾンビが出たら一番にあなたのケツを蹴飛ばします」
遥はにこやかにそう言った。
朝はただでさえ小さくなっているのにさらに縮こまった。
+++
夢を見た。大晦日の笑ってはいけないシリーズ。それになぜか参戦している。
テーブルの棚を開けるとケツバットと書かれた紙が入っている。
そして、ケツバットが一馬の尻を襲った。
そこで、目が覚めた。
「ゾンビの大群だ。起きろ!」
確かに、馬車から下りると周囲はゾンビだらけだ。
馬車を中央に置いて結界を張る。
ゾンビは結界の壁にもたれかかり、右往左往していた。
「……やはり、出ましたか」
尻をさすりながら朝が降りてくる。
そして、地面に手を置いた。
莫大な範囲の魔法陣が周囲を覆う。
「死してなお彷徨う魂達よ。今静謐を与えよう。死者の国へと帰れ」
詠唱が進むごとに、魔法陣は光り輝いていく。
「ターンアンデット!」
その瞬間、ゾンビが蒸発した。
そして、周囲には、最初から何者もいなかったかのように静けさが漂った。
「なんて魔力……」
「十剣は基本常時厄介事に回されますからね。魔術もある程度こなせないと辛いんですよ」
そう淡々と朝は言う。
そして、欠伸をして馬車に戻っていった。
「多分これでしばらく……数ヶ月かな。ゾンビは出ないと思います。寝ましょう」
一馬が馬車に入ると、朝は寝息を立てて寝ていた。
「……存外凄い人だな」
「一馬は彼女が可愛らしいお人形とでも思ってたのかしら?」
シャロが憎々しげに言う。
「お前、なんか怒ってる?」
「怒ってないわよ」
そう言って、シャロはそっぽを向いた。
「そうか、ならいい」
そう言って、一馬は寝転がる。
なぜか、シャロに尻を蹴られた。
「おやすみ」
今の暴力に文句は言わせないという意志を感じた一撃だった。
そして、シャロは壁によりかかって寝た。
+++
貴重品を持った旅だ。
トラブルは多いのだろうと思っていたが、やはりそれはやってきた。
朝が唐突に立ち上がる。
「山賊だ」
遥が淡々とした口調で言う。
確かに、こちらに向かって馬で駆けてくる一団があった。
全員、馬車の外に出る。
そして、朝は不可解な行動を行った。
空中に手を伸ばして、なにかを掴むような動作をし始めたのだ。
そして、その上に乗る。足場などないはずなのに。
それを繰り返して、朝は天高い位置に立っていた。
「不条理の力……! こんな使い道もあるなんて」
遥が唖然としたように言う。
朝は口の前で空中に文字を書くと、叫んだ。
「山賊の皆さん。私は王都十剣第九席雲野朝です。皆さんが引き返すならばなにもしません。しかし、そのまま進んだ場合は容赦はしません」
朝の声はその小さな体に似合わず周囲一体に響き渡った。
山賊達の顔には嘲笑うような色がある。
朝は溜め息を吐いて、背中の弓を掴んだ。
そして、一度に十本以上の矢をつがえ、構えを取る。
「アローレイン」
朝の呟きと同時に、光り輝く矢が流星群のように相手に襲いかかった。
ある者は腕を貫かれ、ある者は馬を貫かれ、首領格と思しき人物は頭が矢で貫かれていた。即死だろう。
山賊達は引き返していく。
「ふう」
一つ吐息を漏らすと、朝は見えない階段を降りて、地面に立った。
「朝さん弓だけでも十分強いじゃないですか」
一馬が声をかける。
遥も感心したように朝を見ている。
「なに。たまに技を使わないとなまっていけない」
そう言うと、朝は逃げるように馬車の中に戻った。
世の中には、自分の思わないような技術を持つ人がいる。
その事実が、一馬の胸を沸き立たせた。
+++
その夜のことだった。
一馬は、不寝番をしていた。
皆の寝息が馬車の中から聞こえてくる。
その時、木が軋む音がした。
朝が、馬車から出てきた。
「変な時間に起きましたね、朝さん」
焚き火に薪をくべながら言う。
「ん、まあな。ちょっと星空を見たくなった」
そう言った朝は、普段と口調も声色も違っていた。人に怯えているような声色が、堂々とした声色に変わっている。
「夜空はいいものだ。初代皇帝が言うにはあの一つ一つが星という大きなものだという」
「俺の世界ではそうでしたね」
「ああ、そういえばお前も転移者か」
朝はそう言って、まだ肌寒い春の夜の風を胸一杯に吸い込む。
そして、吐き出した。
やはり、違う。朝の雰囲気ではない。
けど、別人ということもありえないだろう。
朝の外見に似過ぎている。馬車を見て確認したいところだった。
本人確認も兼ねて、十剣にしか答えられないだろうことを訊いてみることにした。
「朝さん。不条理の力とゾーンを同時に使ってますよね」
朝は唐突な質問に鳩が豆鉄砲をくらったような表情になる。
「ん? まあ、そうだが」
「ゾーンに入ると、不条理の力を使えなくないですか? 敏感になるが故に、不条理の力の非現実的な理屈に疑念が混ざり込むというか」
「ああ、そんなことか」
朝はあぐらをかいて座ると、干し肉を焼き始めた。
「俺はこう思っているよ。不条理の力というシステムがあるよな」
「はい」
条理を覆し身体能力を強化したり剣に特性をつけたりする技だ。
「それが機能しているというならば、不条理の力は既に条理の中に組み込まれているのではないかな?」
一馬は腕を組んで今の言葉を噛み砕いて考え込んだ。
出てきた答えは、シンプルだった。
「言いたいことはわかるんだけどややこしいなあ」
「まあ、言いたいことがわかるならいいさ。実感としてわからない奴は多いからな。そのおかげで十剣の顔ぶれも中々変わらん」
「朝さんは九席だから、二人入ったら抜ける計算になりますね」
「いや、それでも俺は九席を与えられると思うよ」
不可解な言葉だった。
「……コネ?」
「ちげえ」
肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。
朝は肉を口に含んで美味そうに咀嚼する。
「俺は立ち会うと相手を殺しちまうんだ。だから九番固定。永久指名席ってわけだな」
一馬は絶句した。
「それが例え刹那さんとしても?」
「相性というものがある。回復しつつ突っ込んで来られたら敵わんな」
そう言うと、肉を食べ終わったらしく、朝は立ち上がった。
「じゃあ、寝直す」
そう言って、朝は馬車に戻っていった。
なにか凄い話を聞いた気がする。
不条理を条理に組み込む。
どちらかが欠けていた状態でさえ七公を倒したのだ。
二つを両立できれば、自分は誰にも負けない気がした。
第十七話 完
次回『七公会議』
今週も投稿日がやってきました。
トラブルがなければ朝頃からこの話を含めて八話ほど投稿しようと思います。




