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魔族公生活

 魔族公の生活は魔族と紙とのにらめっこだ。

 優秀な人材と思えば登用し、優秀な提案だと思えば判を押す。

 今は長く続いた騒乱で住人達が困窮している時期。


 税を取らず他公からの支援物資を配ることになったのは幸いだった。

 さらに、静流は戦災孤児の教育施設を作ることに着手した。

 そこでは静流自らが教壇に立ち、新たな世代の魔族を育てるのだ。


 ただ、難題が一つあった。

 静流は爬虫類が苦手なのだ。

 しかし、魔族の中にはその同族としか思えない者も多数いる。

 苦手意識を前に出してはならぬと静流は強く心に誓った。


 そうしているうちに時間は過ぎていき、地上への郷愁も少しずつ薄れつつあった。

 帝都十剣第二席、神速の静流。もう遠い昔の話のようだ。

 教え子達はその時の話を聞きたがり、静流はその武勇伝を大いに語った。


「勇者って本当に魔族公様より強いの?」


 静流の膝の上で、虎のような顔をした子供が言う。


「戦って負けてるからねえ……」


 静流は苦笑交じりに言う。


「今ももっと強くなってるんじゃないかな。そう思うだわさ」


「じゃあ、勇者が攻めてきたら皆死んじゃうの?」


 生徒の一人が、怯えたように言う。


「勇者と先生は友達だからそうはならないだわさ」


「友達? 人間が?」


「私は半分人間だからねえ……」


 言った生徒が、失言したと思ったらしく、口を噤んだ。


「けど、あいつは龍公とも仲がいいから、種族の壁なんて簡単に乗り越えちゃうんじゃないかな。そう思うだわさ」


「へえー」


「勇者って顔広いんだ」


「魔界の勇者はいないの?」


 一条神楽の姿が脳裏をよぎる。

 彼女が邪法の剣を持っていることが知られればプロパガンダに使われるのは間違いないだろう。

 だから、静流は誤魔化すことにした。


「わからないだわさね。皆の中から未来の勇者は生まれるかもしれないだわさね」


 子供達の目が輝いた。


「俺、勇者になって地上を征服する!」


 そう猛々しく言った子供の額を、静流は苦笑して指で弾く。


「不・可・侵・条・約」


「えー、大人の決めたことじゃん」


「けど一番平和だわ。先生やシアンより強い勇者が魔界に攻めて来たらどうなるか考えてもみなさいな。それと近い実力の人間を何人も連れて」


 想像したのだろう。子供達は押し黙る。


「平和っていいでしょ?」


 子供達は、一生懸命に頷いた。

 まだ完全な平和には程遠い。本気を出せば俺達にもやれる、と考えるような魔族はあちこちに燻っている。そんな感触があった。



第百六十九話 完

次回『龍公対魔族公』


十二時頃に投稿予定です。

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