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静流の戦い

 そこは、キャンプ地だった。

 沢山のテントがはられ、食料の炊き出しに魔族が並んでいる。


 それを見て、静流の胸は痛んだ。


「これが、私達がギルドラを倒した報いなのね」


「結果的には、そうね」


 シアンが、淡々とした口調で言う。


「領土は三つに分かれ、日々戦闘が起きている。それでも今は二つまで減ったけど」


 泣いている子供を見つけ、静流は彼女の頭を撫でる。


「親が死んでしまったんですよ」


 覇気のない声で、近くの男が言う。


「戦争に巻き込まれて、食料は奪われ、住民も無理やり兵隊にされた。その結果です」


 静流は歯ぎしりする。

 そして、静流は立ち上がった。


「私はギルドラの娘、静流。皆さんを平和な環境に導くとここに宣言します」


 ありったけの魔力を放ちながら言う。

 口で言うより行動で示したほうが早いことは多々ある。

 今回もそんなケースで、魔力を感じ取って人々は感動の涙を流した。


「ギルドラ様の娘が生きておられたとは……」


「こりゃ、この戦争も終わるかもしれんぞ」


 期待を篭めた瞳が静流に集中する。


「で、シアン」


「なに?」


「私はどっちの味方につけばいいの?」


「任せておいて。交渉済みよ」


(なんだか、どんどん地上が遠のいていく気分だな……)


 一馬や遥やシャロの顔を思い出す。

 実質的にも、感覚的にも、地上は最早遠くにあった。



+++



 戦争が起きていた。

 砦を守る側と攻める側の戦いだ。


 砦の前に、攻城器具が運ばれていく。

 その運び手が、矢と魔法で射抜かれる。


 砦の上に、静流は立っていた。

 幾百の矢が、幾十の魔法が彼女を襲う。

 しかし、魔力の壁はそれら全てを弾き飛ばした。


 ざわめきが起き始めた。

 皆、気づいたのだ。この魔力は、先代魔族公ギルドラに似ている、と。


 そして、静流は空中に不可視のブロックをいくつも作り出し、その上を駆けた。

 辿り着いたのは砦攻めの部隊の指揮官格達が集まっているだろう場所だ。テーブルが置かれ、その上には地図と駒がいくつも置かれている。

 その上に、静流は着地してテーブルを真っ二つに折った。


 木材の割れる音が周囲に響き渡る。

 周囲のテントから魔族が次々に出てきた。


「私はギルドラの娘、静流。従うなら殺しはしない。しかし、従わないなら命はないものと思ってもらおう」


 静流はそう言いながら、周囲に視線を向ける。

 そして、その中で一番魔力の高い男を見つけた。


「お前だね、この団体の首魁は」


 そう言って、ギルドラの剣で男を指す。


「おお、あの剣はギルドラ様の……」


「気配もギルドラ様に似ておられる……」


「おのれノグドめ、ギルドラ様の娘という切り札をどこで!」


「囀るな!」


 男が叫んだ。


「この女より俺が強ければ良いだけのこと。ギルドラ様とは義理の息子の契約を結んでいる。義理の妹の心臓を喰らえば私の魔力はもっと高まるだろう」


「それはいいことを聞いただわさ」


 静流は微笑む。


「あんたを食べれば私の魔力はもっと高くなるってことだわさね」


「そう上手くいくと思うな」


 そう言って、男は二刀を抜いた。

 周囲は遠ざかって様子を見る。


 静流は、剣を引いて、足に魔力と不条理の力を送り込んだ。

 そしてそれは、爆発的な推進力を産んだ。


「刹那の太刀!」


「甘い!」


 ぶつかりあったのが刃物とは思えないほど鈍い音がした。

 男の双剣は、刹那の太刀を受けとめていた。

 威力は殺しきれずに鎧は斬れたが、生きている。


(私の切り札が……!)


 反撃の一撃を後転して回避し、静流は距離を取る。


「それじゃあ行こうじゃない。トップギアまで!」


 静流は両足に魔力と不条理の力を送り込んだ。

 そして、静流はその場から消えた。


 いや、凡百の魔族なら消えたと錯覚しただろう。

 静流は駆けていた。

 男の隙を探し、男の周囲を駆けていた。


 そして、隙を見つけた。

 そう、それは些細な、けれども大きな変化。


 静流は踏み出す方の足に魔力と不条理の力を送り込む。

 不条理の力を掻き消さぬバランス感覚。

 それは異様なセンスによって生み出されたものだ。


 そして、静流は大地を蹴って進んだ。

 男は再び双剣を構えて腰を落とす。


 刹那の太刀が放たれた。

 今度は、金属と金属がぶつかりあう澄んだ音がした。

 男は、微笑む。

 その口から、血が溢れて、大地を濡らした。


 そして、肩から腰にかけて真っ二つにされた男は、大地に倒れ伏した。

 その剣は、折れていた。

 初撃を受けた時点でヒビが入っていたのだ。


 静流は無言で男に近づくと、心の臓を引き抜いて、喰らった。

 基礎魔力がまたぐんと伸びたのを感じる。

 今なら合成魔術の威力も段違いだろう。


 周囲の魔族は、地面に頭をこすりつけて静流に向かっていた。


「静流様! 今回のご無礼お許しください! しかし、彼も先代龍公の子! 大義名分はあったのです……あなたが現れるまでは」


「不問にしましょう。これ以上戦闘を長引かせ、国力を衰退させるのは愚の骨頂です」


 静流は、宣言した。


「魔族公の名において命じます。この戦闘を終わらせ、住民達の平穏な生活を第一に活動しなさい」


 魔族公を名乗った。

 もう引き返せないな、と静流は思う。

 片目から一筋、意図せぬ雫が落ちた。


 こうして、魔族公静流が生まれた。

 静流は、仲間達と友情を誓った傷跡を見る。

 しかし、そこは魔族の回復力。傷は元からなかったかのように消えてしまった。

 そう、元からなかったかのように。


 この日、たった一日で魔族領を長らく悩ませた戦争は終わった。



第百六十七話 完


次回『不可侵条約』


18時頃投稿予定。

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