天剣対魔剣
観客席は人でごった返している。
闘技場の中央で、一馬と静流は向かい合っていた。
一馬は覇者の剣。静流はギルドラの大剣。それを、それぞれ装備している。
「なんの気まぐれだ?」
「なあに、ちょっとした余興だわさ」
「今の俺達の実力じゃ刹那さんの治癒が必須になる。だからこうなったわけだがすまんな」
「いいだわさ。十剣の肩書にもう未練はないしね」
「どういう意味だ?」
まるで、十剣をやめるような言い草だ。
「衆目の前で負けても気にしないって意味だわさよ」
「それだけか?」
静流は、一瞬硬直した。
しかし、次の瞬間には力強く微笑んでいた。
「うん、それだけだわさ」
静流が拳を突き出す。
それを、一馬は下から拳でついた。
そして、上からもつく。
そして、まっすぐの位置に戻った拳と拳をぶつけあった。
二人は離れていく。
そして、二十メートルぐらい離れた場所でそれぞれ剣を抜いた。
「勇者と第二席の戦い。これは我が国の実力派二人の戦いだ。勝者には十分な褒美を用意しよう」
皇帝の声が朗々と響き渡る。
「始め!」
静流は腰を落として剣を引いた。
「さっそくかい」
一馬は苦笑した。
刹那の太刀。
刹那の作った技であり、静流の十八番だ。
足に全身の不条理の力を溜め、圧倒的速度で敵に接近し、一気に断ち切る技。
物騒としか言えないその技を、静流は放とうとしている。
(どうやら本気らしいな……刹那さんを呼んでおいてよかった)
一馬はそう心の中で独り言ち、剣を構えた。
次の瞬間、静流の姿が消えた。
いや、違う。
刹那の太刀の準備動作を応用して高速移動したのだ。
上? 右? 左?
気配は右からした。
圧倒的速度で近づいてくる静流と、目と目があった。
静流は何故か、寂しげに微笑んだ。
刹那の太刀が放たれる。
重い。
静流のような小兵から出てきたとはとても思えぬ重さだ。
それを、辛うじて逸らす。
滝での特訓は一馬の中に息づいていた。
そして、力一杯剣を振り抜いてできた隙に、一馬は肩を狙って剣を振り下ろした。
魔力の壁がそれを阻む。
それは数秒のことだったが、静流はその間に距離を取っていた。
そして、またその姿が消える。
(そうか。ギルドラの心臓を食った静流はもう七公レベルの実力者なんだ……)
あらためて、そうと実感する。
高密度の魔力によるバリア。
武闘派の七公しか持たぬものだ。
そして、再び刹那の太刀が放たれようとした。
一馬は前進して、突きを放つ。
刹那の太刀の弱点。それは速すぎること。
速度に対応できる相手からのカウンターに弱いのだ。
突きは、魔力の壁を突き破って静流に肉薄した。
しかし、静流は辛うじてそれを避けた。
(こいつ、刹那さんより刹那の太刀を使いこなしてやがる)
舌を巻く思いだった。
横薙ぎの攻撃へと構えていた静流は、縦斬りへの攻撃へと角度を変える。
狙いは頭。
どうやら本気らしい。
剣で受け止めただけでは押し切られる。
ならば、どうするか。
結界だ。
一馬は三重に結界をはった。
二つの結界は同時にはじけ飛んだが、残り一つの結界が残る。
静流はまた逃げようとする。
しかし、跳躍して攻撃に全力を注いだ静流が急に逆方向に移動するのも無理な話だ。
そこには、一秒以下だが隙が生まれる。
その胸部を、魔力のバリアごと一馬は貫いていた。
静流は倒れ、刹那が慌てて駆けてくる。
「勝者、一馬!」
歓声が湧く。
刹那が治療を開始する。
みるみるうちに静流の傷が治っていった。
「流石だわさね、一馬。それなら、七公と戦っても生き残っていけるだわさ」
「なに言ってんだよ、馬鹿」
「馬鹿とはなんだわさ」
静流は不服げに頬をふくらませる。
「その時は、お前が横に立っててくれるだろう?」
静流は、虚を突かれたような表情になった。
そして、苦笑する。
「そうだわさね……まったく、そうだわさ」
静流は、拳を一馬に突き出した。
一馬は、その拳に自らの拳を軽くぶつける。
「今日のところは、負けにしといてやるだわさ」
「いや、負け以外のどうにもならんだろうこれ」
会場は一馬コール一色だ。
一馬は剣を掲げて、そのコールに応えた。
歓声が上がる。
「君はシャロがいれば、大丈夫だわさ」
静流は、しみじみとした様子でそう言った。
なんだか今日の静流は変だ。そう思いつつも、意識はこの後の宴会にいっていた。
一馬も二十を超えた。
飲酒できる年頃になったのだ。
第百六十四話 完
次回『祝勝会』
二十二時頃投稿予定。




