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いざない

「というわけよ」


 現状のあらましを聞いて、静流は憂鬱な気持ちになった。

 頬杖をつくのをやめ、真っ直ぐにシアンを見る。


「あまり気が進まないだわさ」


「けど、あなたにはその義務があると思うわ。その力を得た義務が」


「うーん……」


 静流は考え込む。

 現在の生活は嫌いではない。失敗しても責任は皇帝がとってくれるし、誰にも腕っ節で負けるつもりはない。

 静流は帝国という巨岩に糸一本で引っかかった風船のようなものだ。


 その糸が、断たれようとしていた。


「期限は一週間。こっちでも準備は整えておくから、よく考えることね」


「わかっただわさ。まったく、次から次へと……」


 静流の愚痴を、シアンは苦笑して躱した。

 シアンがその場から消える。瞬間移動したのだ。


「まったく」


 静流は、溜息を吐いた。

 深い、深い溜息だった。



+++



 一馬は扉の前に気配を察して振り返った。

 気配は徐々に遠くなっていく。

 なんだろう。


 そう思い、ベッドから立ち上がる。

 そして、何かに引っかかって中腰で動きを止めた。

 寝ぼけたシャロが服の裾を握っている。


 指を一本ずつ、丁寧に剥がして、一馬は自由になった。

 そして、扉の下に手紙が置かれていることに気づく。


 果たし状、と書いてあった。

 差出人は静流だ。

 また何か悪ふざけでも考えたのだろうか、と一馬は考え込む。


 いや、冗談では無いのだろう。

 一馬も、今の静流と自分、どちらが上か、興味を持っている面がある。

 静流もそうなのだろう。


 なら、受けてやるかと一馬は考えた。

 問題は決闘場だ。

 治療役には刹那がいてほしいし、広くて邪魔が入らない場所であってほしい。

 そうなると、選択肢は限られてくる。


「また見世物になるっきゃないってわけか……」


 帝都十剣の刹那を自由にできる権限は一馬にはない。

 刹那は今も自身の治癒能力を存分に使って国中の荒事を静めている最中だろう。


 彼女を呼ぶには、第一席の結城の協力がいるだろう。

 そこまで考えて、一馬は寝言に気を引かれた。


「一馬ぁ~」


 シャロが寝言で一馬の名を呼んでいる。

 それが愛おしくて、一馬はシャロの横に座り、手を握った。


「お寿司食べたい」


 一馬はシャロの手を握るのをやめた。

 そして、刹那から譲り受けた刀を持って家の外に出る。

 今日も良い訓練日和だ。


 滝の前に移動して、腰を落とし、鞘に収めた刀の柄を握る。

 そして、一気に刀身を滑らせた。


 滝が、真っ二つに割れた。


「三十回連続で成功するまで帰れない、いいな」


 自分に言い聞かせるように言う。

 一馬の中の不条理の力は確実に強くなっていた。



第百六十三話 完



次回『天剣対魔剣』


本日の十八時頃に投稿します。

今週の金・土・日のスケジュールは一日三話更新です。


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