天使降臨
一馬は鞘から刀を抜く勢いのまま走らせた。
滝の半分が水しぶきを上げて割れる。
(随分形になってきたな……)
一馬は心の中で呟く。
(しかし、まだ半分か)
刀を鞘に収めて、一馬は滝壺から出た。
そして、岩場であぐらをかいて休憩を取る。
昼食はシャロが用意してくれたサンドイッチだ。
彼女の料理はどんどん上達している気がする。
隣の家の優恵に色々と習っているのかもしれない。
その時のことだった。
空から、羽の生えた少女が銀色の髪をなびかせながら降りてきた。
人間ではない。気配で即座にそうとわかった。
しかし、魔物でもない。魔の気配が欠片もなく、それどころか聖なる力すら感じられる。
少女は着地すると、バランスを崩して前へ後ろへ揺れて、最終的に転んだ。
「台無しだな」
一馬は、興味本位で声をかける。
「今回の勇者は中々辛辣ですね」
そう言って、少女は体を起こす。
「俺を勇者と知っているのか?」
「覇者の剣があなたを主と認めていますからね」
「……何者だ」
一馬は、手を伸ばして、覇者の剣を鞘から抜いた。
「敵ではありません。一言で表すならば、天使」
しばし、間の抜けた沈黙が場に漂った。
「お前は、自分が天使だと?」
「そう思いませんか? この整った外見も神の加護があってのことです」
そう言って、両手の人差し指で自分の顔を指す。
一馬は思わず胡散臭いものを見る目になった。
「視線でうさんくせーって訴えてくるのやめてもらっていいですか」
「事実、胡散臭い」
「まあいいでしょう。勇者よ、帝都に戻りなさい」
「何故だ?」
「悪魔族が襲い掛かってくるからです」
「悪魔っていうと、以前城に天井からつっこんできたあれか?」
「いかにも」
一馬は、息を呑んだ。
覇者の剣を鞘に収め、腰に帯びる。
「その情報、確かなんだろうな?」
「今、地下の結界を割っている段階です。そう長くはもちません」
「わかった。情報感謝する」
そう言って、一馬は跳躍しようとした。
その肩を、天使が抑えていた。
馬鹿な。急いで飛ぼうとした一馬の体を片手で止めるだなんて。
そして一馬は、頬に柔らかい感触を覚えた。
キスをされたのだとわかった。
「天使の祝福です。多少効果はあるでしょう」
「わかった。自称天使の電波娘、ありがとう」
「天使なんですってば!」
一馬は跳躍すると、不可視のブロックを作り、空を駆けた。
第五十七話 完
次回『衝突』
本日十二時頃投稿予定




