決着
ブラドの体も霧になった。
二つの霧は融合して、一つの形を取り戻す。
そして、傷一つないブラドの体が目の前にあった。
「いや、驚いたぞ少年。まさか、私が子供などに首を落とされるとは……」
一馬は無言で刀を構える。
「さっきまでの妙な威圧感は消えている。これは、私の体力勝ちと言った感じだな」
「もう勝ったつもりかよ」
一馬は、苦い思いをしながら言う。
ゾーンに入ろうとしているのに入れない。
次のピンチにゾーンに入れるかは計算できない。
そんな不安定な状態で戦わねばならないらしい。
「もう勝ったつもりかよ、か」
ブラドは唇の片端を持ち上げて笑う。
「勝っているのだよ」
ブラドが接近してくる。
一馬は、一歩退こうとして、やめた。
後ろにはシャロと遥がいる。
二人を犠牲にするわけにはいかない。
「シャロ、遥」
「なに?」
「俺が負けたら、即座に静流を連れてこの町から逃げろ」
「そんなこと……」
「わかるだろ! 今の俺達じゃレベルが足りないんだ! こいつを倒すためにも、逃げてくれ!」
「美しい友情だなあ。くっくっ」
そう言って、ブラドは剣を振り上げる。
「うおおおおおおおおお!」
一馬は、刀を振り上げた。
刀と剣が幾重にもぶつかりあう。
ブラドの瞳が少し見開かれる。
ゾーンの世界を経験して、一馬の動きに僅かに残っていた無駄が消えた。
それが、一馬がブラドを防ぐ一縷の希望となっていた。
「首を斬られて駄目なら脳をやられたらどうだ!」
「できないことを言っても詮無いな」
「できるさ!」
一馬は跳躍する。その刀身に、光が宿り始めた。
「一岩斬光!」
一馬の刀をブラドが血の剣で受け止める。
なにかが軋むような嫌な音がした。
そう思った瞬間、血の剣が割れ、ブラドの肩に一馬の剣が沈み込んでいた。
「ぐぬっ」
そう言って、ブラドは蹴りを放つ。
一馬は刀を握りしめたまま、結界の壁へと叩き付けられた。
(あ……やばい)
後頭部を打った。
目眩がして、上手く立ち上がれない。
(こんなところで死ぬのか……?)
遥が、治療を終えたのか、ブラドの前に立ちはだかる。
(やめろ、遥! 今のお前じゃ敵わない!)
「立ちなさい! 一馬!」
その声がした瞬間、結界が割れた。
そして、一馬は驚愕に目を見開いた。
ブラドの心臓に、銀の輝きを持った短刀が投じられて突き刺さっていた。
そして、もう一本の銀の短刀が、回転しながら一馬の腕の上に落ちてくる。
ブラドの後方には、いつの間にか刹那がいる。
「仲間の危機です。気を失っている暇などありません。立ちなさい! 無理であろうと立ち上がりなさい!」
「はい……師匠!」
ゆっくりと、一馬は立ち上がる。
コンディションは最悪に近い。
しかし、それは相手も一緒だ。
銀の刃を心臓に受けて、身が焦げるように苦しんでいる。
一馬はふらつきながらも歩き、ブラドへと近づく。
それを、シャロが支えた。
二人は見つめ合い、頷く。
二人の握った銀の短刀が、ブラドの首を完全に断った。
今度は、霧化することもなく、ブラドの頭は屋根から落ちていった。
一馬は、安堵のあまり座り込む。
「師匠、タイミング良すぎ」
「これでも手間取った方です。道は分断されているし、武器屋まで吸血鬼だらけだしで。火竜の卵を護衛するために町には近づいていたんですけどね」
「ブラド対策のために、俺に吸血鬼の弱点を訊いたんですね」
遥に吸血鬼対策を教えていた時に感じたデジャヴ。それは、刹那のものだったのだ。
「ええ。そうして武器屋に依頼して作ってもらった銀の短刀が、ようやくできたところでした。誇りなさい、一馬。あなたは七公を倒した英雄です」
「今はそれよりシャワー浴びて寝たい気分です」
そう言って、一馬は横になった。
「シャワーとはなんですか?」
「文明の利器です。お湯かけてくれるんですよ」
「ほう」
日が昇り始めた。
吸血鬼と戦った長い一夜は、終わりを迎えようとしていた。
一馬は手を伸ばして、不安そうにこちらを見ているシャロの頭に帽子を乗せて、微笑んだ。
シャロは三日月のアクセサリーを示すようにして微笑んだ。
戦いは、終わった。
第十五話 完
次回『王都十剣第九席 雲野朝』




