焦燥
時間は少しさかのぼる。
総大将石動不動は少し離れた場所で伝令兵がやってくるのを待っていた。
馬に乗った兵士がやってきた。
「伝令! 鬼人部隊に我々は善戦しています」
「善戦? 訓練ほど連携が取れていない。やや包囲気味に陣形を変えるように伝えてくれ」
「はっ」
「伝令! 狼部隊が登場しました。被害は甚大!」
「狼ときたか……」
不動は少し考えて、溜息を吐いた。
「もういい、僕が出る」
そう言って、不動はテーブルに置いていた剣を持って立ち上がる。
「不動さん。早計だわ。総大将が浮足立っていたら皆が落ち着かなくなる」
「僕は落ち着いている。狼がどこかで出てくるのは想定内だ。陣形を戻し横からの攻撃にも備えろ」
「俺が出るって今日何回言ったかしら」
不動を諫めているのは第十席、鏡京子だ。
不動は溜息を吐いて、椅子に座る。
これは全員で生き残るための策ではない。生存者を少しでも増やそうという苦肉の策だ。
しかし、やらねばならない。
自分も剣を振るえたらどれはど気楽だろうと不動は思う。
そのうち、空に巨大な龍が何匹も飛び始めた。
「後衛部隊に空に向けて結界を張らせろ! 炎や矢を通すな!」
「伝令!」
伝令兵の馬がいななきを上げて不動の前で止まった。
騎手は即座に馬から降りる。
「なんだ?」
「良い知らせと悪い知らせがあります」
「悪いほうから聞こう」
「鬼人に混じって魔族公ギルドラが出てきていたようです。結界の外に出現し、第二席と第三席が対応に当たっています」
「……良いほうは?」
「鬼人公斬歌到着。我々の味方に付くようです」
「……は?」
不動は口を開け、しばしの間茫然としていた。
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穴の結界を塞ごうとした術士が、中から出てきた数十体の狼に噛み殺された。
「ギガス、鬼人、キメラ、オークときて狼か」
結城が舌打ち混じりに言う。
「けど、正味厄介ですよ」
結城が光刃を放った。
十数匹はそれに飲み込まれたが、跳躍で躱して飛びかかってくる二体がいた。
その噛みつきを、結城は剣で受け止める。
「わかっている!」
結城は剣を振り、自らに襲いかかった二匹を斬り殺した。
「わかっていたことだが、このままではキリがないな」
「善戦している方ですよ」
刹那が飄々とした口調で言う。
静流と遥が合流した。
「一馬、静流、遥」
「はい」
「なんだわさ?」
「なんです?」
「お前達は亜人公を倒してくれるか」
一馬達は絶句した。
それは、魔物で埋まった地下通路を走破しろということだろうか。
「大丈夫だ。俺が奴なら、そろそろ現れる」
はたして、結城の読み通りだった。
亜人公は相棒であるオッドアイの黒猫を肩に乗せて、結界を張り直すために、地上に出てきたのだった。
一馬と静流が同時に斬りかかる。
結界が、それを阻んだ。
一馬は叫ぶ。
「シーリン! 聞け! その男はお前を利用しているだけだ! お前の姉妹は、お前の帰りを待っている!」
「ルルのこと……?」
黒猫は戸惑うように言う。
「ルルと、シャロだ。小さな箱で育った、三人の姉妹だ。思い出せるはずだ!」
黒猫は戸惑うように黙り込む。
その時、結界が割れた。
一馬の一撃が、亜人公に肉薄する。
それを、彼は剣を鞘から引く動作をするだけで防いだ。
静流の切り込みを、後方に飛んで回避する。
「こいつ……」
「器用だわさね」
「シーリン、耳を傾けるな。お前を混乱させようという敵の策略だ」
「違う! お前は遊具公からその猫をもらっただけだ!」
「うう……うううう……」
シーリンは唸り声を上げる。
「……結局、頼りになるのは私一人か」
そう呟くと、亜人公は完全に剣を鞘から抜いた。
圧迫感が一馬達に襲いかかる。
何故、こんななんでもない普通の男に?
一馬は戸惑うしかない。
これが、八番目の七公。亜人公キシャラ。
「美雪が泣いてるぜ」
キシャラは一瞬表情を歪めたが、すぐに平素の表情に戻って、巨大な火球を放った。
一馬は結界を張ってそれを相殺する。
そして、剣を構えなおして飛びかかった。
第百四十七話 完
次回『七公の力』
明日投稿となります。




