臨界点
敵が結界を破壊する段階に入った。
そうと情報が入ったのは秋も暮れのことだった。
皇帝は結城を総大将に任命しようとしたが、結城はこれを断った。
自分も戦闘しながら周囲に指示を出すのは無理だ、という尤もな理由だった。
静流、遥も同じ理由で辞退し、総大将には帝都十剣第四席、石動不動が座っている。
兵は七万。
そのうち二千が不動の直接指揮する伝令部隊だ。
「いざ、出陣!」
不動の声に、幾重もの応じる声が重なる。
そして、一行は決死の戦へと出陣した。
十剣やその弟子は最前列に配置されている。
他の土地を守るために待機している人間がいるので、揃い踏みというわけではない。
一馬も、最前列で馬に乗っていた。
「うかない顔だな」
隣を歩く結城が声をかけてくる。同じく、馬に乗っている。
「いやね。人生最後に見る景色がこれかなあと思うと多少憂鬱になりまして」
「不安か」
「魔物三万ですよ。味方に二十万はほしいところだ」
「しかし連携の練習は十分にさせた。ただの案山子ではないさ」
そうというものの、不条理の力もゾーンも使えない味方というのは少々頼りない。
魔物は生まれながらに魔力を使いこなしているのだから。
「信じることだ」
結城は、諭すように言う。
「勝てる、と」
「あてが外れたら?」
「死ぬだけさ」
「流石第一席ですね。肝が座っている」
一馬は苦笑する。
「俺は一家で避難するのも真面目に考えていた」
「なら、なにがお前を踏みとどまらせた?」
「情……ですかね。俺、この世界が好きです。シャロや色々な友人と出会わせてくれたこの世界に感謝しています」
「律儀な男だ。だからお前は勇者なのだろうな」
そう言って、結城は馬から降りた。
「結界にヒビが入った」
結城は淡々とした口調で言う。
「来るぞ」
結城は両手で剣を構えた。
一馬も馬を降り、覇者の剣を抜く。
周囲の人々もそれにならった。
なにかが割れる音がした。
その瞬間、猛々しい魔力の臭いが周囲を満たした。
先頭集団はやはりギガス。
展開しきるのを待つ。
一馬も、結城も、握っている剣は時間が経つごとに光を増している。
そして、二つの光が一つになって放たれた。
ギガス部隊は全滅、するはずだった。
光はなにかに遮られたように消えてしまった。
「なんだ?」
「どうなったんだ?」
「敵は生きてるぞ」
戸惑いの声が上がる。
それは、一馬の心の声でもあった。
「隊列は乱させない」
呟くような声がした。
結界の穴から、一人の男が浮かび上がってきた。
彼の張った結界が、ギガス部隊を守ったのだろう。
何故その結論に至ったか。
理由は単純だ。彼が肩に、オッドアイの黒猫を乗せていたからだ。
「その黒猫、名前をなんという!」
一馬は叫ぶ。相手は答えない。
「シーリン。そうだろう?」
黒猫が驚いたように目を見開いた。
歯がゆい。
旅の最終目標がそこにあるのに厚い結界がそれを邪魔する。
「どうしたものかな。敵が展開しきったら不利などというものではない」
結城が顎に手を当てて考える。
その顔は、汗で濡れていた。
「もう一度、光刃を放ちましょう」
「体力の無駄遣いだ」
「さっきよりも強く」
一馬の目が、結城の目を射抜いた。
「後のことは考えない、とでも言う気か?」
「けど、ここで敵を展開させたら絶対にいけない! 師匠のキュアーで体力は回復できます」
「……それしかあるまいなあ」
結城は溜息を吐くと、再び剣を構えた。
「そうでもないかもよ」
静流が、悪戯っぽく笑った。
彼女は剣を地面に突き立てると、腰の後ろにしまってあった杖を取り出した。
「破壊の力よ、堅牢なる結界を超えろ! 合成魔法メテオストライク!」
空から隕石が振ってくる。それは、結界にぶつかって鈍い音を立てて砕け散った。
「連撃!」
次から次へと隕石が落ちてくる。
「おい、あれ……!」
それを呟いたのは誰だったろうか。
結界にヒビが入っている。
「終撃!」
先の尖った、今までとは比較にならない巨大な隕石が落ちてくる。
それは、結界を破った。
「見事な補佐。それでこそ第二席!」
力を溜めていた結城は、光刃を真っ直ぐに飛ばした。
シーリンの契約者は宙を浮いて空へと回避する。
しかし、地上に登っていたギガス部隊は消滅した。
「結界が復活する前に中に入るぞ!」
「それって……」
結城の言葉に、誰もが一瞬返事につまった。
結界が閉じれば、待っているのは十数人と三万体の殺戮ショーだ。
それでも、結城は行く。
それを見て、一馬も腹を決めた。
ここで退いて、なにが勇者か。
一馬の後に続き、次々と結界の中へ仲間が入っていく。
そして、結界は完全に復活した。
第四十三話 完
次回『七公の登場』
トラブルがなければ18時頃に投稿します。




