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離宮にて

 セレンは一人、離宮のテラスで座り込んでいた。

 最近、キシャラが来ない。

 一日来ないたびに、一日分の不安が募る。


 その時、背後に気配を感じてセレンは振り向いた。

 高揚した気持ちは一瞬で冷める。

 そこにいたのは龍公シアンだった。

 金色の髪に手足に生えた鱗。間違いない。


「話があるわ」


「話、と言いいますと?」


「最近、亜人公に変わったことはなかった?」


「……離宮に訪れなくなりました」


「何日前から?」


「一週間ほど前から」


「ふむ。キーは一週間前か……魔族公の復活と時期は一致する」


 セレンは縋るように、シアンの手を取る。


「なにか、わかるんですか?」


「いや、まだなにもかも推測の段階だよ。けど、一つわかることは」


「わかることは?」


「大規模な戦争が起ころうとしているってことだけ」


 セレンは息を呑んだ。


「いいかい。亜人公を止めようとしたり、この話題を口に出してはいけない。あなたまで危険に晒すことになる」


「わかりました」


 セレンは直情的だが察しは悪くない。素直に頷いた。

 そして、シアンは姿を消した。


「……お友達になりたかったな」


 セレンは、ぽつりと呟いた。



+++



「というわけで三万の魔物が地上を荒らしに来るわけです」


「そりゃまたはた迷惑な。お帰りいただけないでしょうか」


「無理ですねえ」


 シアンはマントを羽織って一馬の家を訪れていた。


「美雪と話がしたいな」


「無理でしょう。軟禁状態にあると思ったほうがいい」


「美雪とは誰だ?」


 結城が会話に混ざる。


「ああ、亜人公の子供を身籠ったという理由であっちの世界で暗殺者に狙われていた女の子です。彼女には貸しがあるので」


「なるほどね。しかし、三万の魔物か……」


 結城は口元に手を置いて考え込む。そして、唸った。


「魔族公の進行の時と違うのは、相手も魔術を使うってことよ」


「亜人公の手勢か?」


「そゆこと。前回みたいに上手くいくかはわからないわ。人間軍も出せるだけの兵を出すのをおすすめするわね」


「帝国には十万の兵がいる。結構数が農兵だがな」


「なら、光刃を撃つまでの時間稼ぎはしてもらえると?」


「一馬、そう上手くはいかないんだ。帝国領は広い。各地に守りは置いておかなければならない。動員できるのは多く見積もっても七万以下だろう」


「グランエスタからの援軍は期待できませんか?」


「三千といったところかな。焼け石に水だがないよりはマシか」


「じゃあ、情報は渡したから」


 そう言って、シアンは立ち上がる。


「シアン、お茶もうすぐ淹れれるのに」


 シャロが残念そうに言う。

 その頬を、シアンの手が包んだ。


「ごめんな、シャロ。こっちじゃ私も龍公だ。あんまり思い通りにはいかないんだよ。龍族の好戦派をなんとかしなければならない……いや」


 そこでふと、シアンはなにかを閃いたような表情になる。


「別に、なんとかすることもないのか?」


「おいおい」


 一馬はげんなりとした口調で言う。


「いや、なんでもない。こっちの話だ」


 そう言うと、シアンはその場から消えた。


「三万の魔物。また大変なことになりましたね」


「逆に考えよう。ここで三万に対処できれば次がくるのは数百年後だ」


 結城はそう言って、席を立った。


「皇帝陛下に話をしてくる」


「朗報を期待しています」


「兵糧が足りるか怪しいところだな」


 そう言うと、結城は窓から飛び出していった。


「誰もお茶飲んでくれない……」


 シャロが呟くように言った。


「二人で飲もう。子供も寝てるしちょうどいい休憩時間だ」


「そうね」


 シャロは苦笑して、そう答えた。




第百四十一話 完


次回『決戦の準備』

トラブルがなければ明日投稿します。

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