いつまでもこの平和が続きますように
井戸から水をくんでくると、シャロが洗濯物を干している最中だった。
あちらの世界では使っていなかった帽子をかぶっている。
三日月のアクセサリーが日光を受けて輝いて、それが一馬を誇らしい気持ちにさせる。
「なにぼーっとしてんの、一馬?」
「いやな。いつまでもこの平和が続きますようにと祈っていたんだ」
「うーん、厄介なのは今まで死んだ七公の跡継ぎだよね。好戦的な奴が跡を継いだら困る」
「ま、しばらくは決まらんだろう。シアンが言うには戦国時代状態らしいからな」
「せんごく時代?」
「戦う国と書いて戦国。戦乱の中ってことだ」
「なるほどねえ」
「あら、二人とも早いわね」
結城の妻である優恵が庭に出てきた。
「今の時期は洗濯物が早く乾いてお得な気分になりますよね」
シャロが声をかける。
「そうなのよー。けど、それに甘えてちょっと寝坊しちゃった」
「結城さんは?」
「皇帝様の護衛。本人が言うにはいい修行になるんだって」
「修行?」
一馬は戸惑いながら問う。
「例えば、この状況から相手が打てる手はなにか。どうやれば皇帝誘拐という目的を達成できるか。そんなことを頭の中でシミュレートするのが楽しいんだって」
優恵は苦笑混じりに言う。
「はー。流石結城さん」
思わず感心してしまう一馬だった。
その時、赤子の泣き声が響き始めた。
「あ、子供が泣き始めた。一馬、洗濯物変わってもらっていい?」
「ああ、わかった」
「仲がいいわねえ」
優恵が微笑ましげに言う。
「仲悪かったら結婚しませんて」
「それもそっか。うちも旦那がワーカーホリックなだけで仲は良いし」
そう言うと、優恵は布団のシートを干し始めた。
(シアンはどうしてっかなあ)
そんなことを、ふと思った一馬だった。
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「そんな馬鹿な!」
シアンはそう言って、八公会議の机を叩いていた。
「これは決まったことだよ、龍公」
遊具公が愉快げに言う。
その横に座っていたギルドラが口を開く。
「俺の復帰によって魔族公領は落ち着きを取り戻した。今度は亜人公と組んで人間界を攻める」
「亜人公! あなたは人間との調和を望んでいたのではないのか!」
キシャラは痛みに耐えるように一瞬表情を歪めたが、すぐに平素の表情になった。
「目の前に美味しい果実があるのに食いつかない理由はないだろう?」
なんてことだ。キシャラは本気なのだ。
「魔界全領土から兵を募る。目標は三万兵だ。今度こそあの鬱陶しい帝国も終わりだ」
シアンは息を呑んだ。
大戦争が始まろうとしていた。
「気に入らんな」
斬歌が言う。
「なにが気に入らんと言うのだ、鬼人公」
「帝都十剣。あれだけ磨き上げられた宝玉を数で押しつぶそうとは無粋なことをする」
「勝てばいいのだよ、勝てば」
「だからそれが気に入らんと言うのだ。魔族公」
しばらく会談は続いたが、ついぞ亜人公と魔族公の考えを覆す意見は出なかった。
第百四十話 完
次回『離宮にて』
本日22時投稿予定




