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タイマン不敗

「何故こんなことをする。何故こんな人間を苦しめる。化物を量産してなにをしようとしている」


 一馬は問う。

 これは、回復までの時間稼ぎだ。


「そうさな……」


 意外と、ブラドは話に乗ってきた。


「正直、手駒は十分にいるのだよ。魔界に帰れば私の同胞が町を構えるほどにいる。それでも何故吸血鬼を増やすか。ふむ、面白い問いだ」


 一馬はじっと相手の返事を待つ。

 相手は構えてもいない。

 しかし、一馬が襲いかかった瞬間圧倒的な速度で対応してくるだろう。


「まあ、娯楽よな」


 一馬は、その一言で沸騰したヤカンのようになった。


「そこな小娘は私の罠で同胞を失っている。あれは良い娯楽だった。親が子を襲い子が親を襲う。そういった人間の儚さと壊れやすさに私はどうしようもなく興味を惹かれるのだ」


「……興味本位で、大量の人間を巻き込んできたと?」


 ブラドは地面に剣を刺し、それによりかかって、微笑んで見せる。


「そうだ。破滅の瞬間を見る好奇心に勝てずにな」


「わかった。そうか、わかった」


 一馬の中の怒りは、頂点に達しようとしていた。


「お前は、死ね!」


 時間稼ぎを忘れ、一馬は斬りかかる。

 同時に、相手は立ち上がり、剣を屋根から抜く。


「落……」


 そこで悟った。自分の攻撃が相手の首を落とすより、相手が自分を攻撃速度のほうが上だと。


(こんなところで死ぬのか? 怒りに任せて攻撃して、間抜けに死ぬのか?)


 唖然とする。

 ブラドの剣が振られる。

 それが、やけにスローモーションに見えた。


 一馬はしゃがんで回避する。

 ブラドは怪訝な表情になった。

 避けられるわけがないはずだ。その顔は雄弁にそう語っている。


 一馬の世界には、音が消えていた。全ての動きがスローモーションに見える。

 師とのやり取りを思い出す。


「集中の世界というものがあります」


 そう、刹那は言った。


「集中なら戦闘中は常時していますが」


「その集中力が極度に練り上げられた状態です」


 刹那は淡々とした口調で言う。


「全ての音は消え、全ての動きがスローモーションに見える。自分の最適な動きが頭で考えるよりも先に体に伝わる」


「ああ、俺の世界ではゾーンって言われていました」


 刹那は苦笑する。


「そうですね。ゾーンと言ったほうが異世界人にはわかりやすいかもしれません」


 刹那はそう言って、再び顔の表情を消す。


「あなたは器用になんでもこなす。しかし、ゾーンに至れたことは一度もなかった。器用にこなせるからこそ、達せない境地もあるのかもしれませんね」


「ちなみに師匠はゾーンに入れるんですか?」


「基本、十剣は常にゾーンの状態で戦います」


「勝てないわけだ」


 そうぼやいた一馬だった。


 その一馬が、絶体絶命のピンチでゾーンに入っていた。

 相手が剣を振りかぶって襲い掛かってくる。


 それを冷静に横に回避して、すれ違いざまに脇腹を斬る。

 傷口は即座に再生された。


 軽症は無駄。狙うは首一つのみ。

 ブラドは剣の連撃で一馬を追い詰めようとする。


 身体能力は相手のほうが上。

 しかし、一馬はその攻撃の数々を見事に受け流してみせた。


 そして、相手の心臓を突く。

 ブラドは、胸を抑えてふらつきながら後退する。


 今なら、落華で首を落とせる。

 そう思った瞬間、体に首を落とすまでの最短ルートがインプットされる。

 一馬はその指示のままに動いた。


 相手は苦し紛れに突きを繰り出してくる。

 それを回避して、呟く。


「落華」


 一馬は、相手の首を切り落としていた。

 赤い花が地面に落ちたように、大量の赤が屋根を染めた。


「悪いけど、昔から師匠以外にタイマンで負けたことないんだ、俺」


 そう言って、一馬は落ちた頭にさらなる追撃を加えようとする。

 さっきの一撃は不条理の力を使ったものではなかった。

 不条理の力を忘れさせるほどの明鏡止水の中に一馬はいたのだ。

 トドメを刺さなければならない。


「一対多じゃ遅れを取ったこともあるがな」


 その瞬間、相手の首が霧になって消えた。

 消滅した?

 いや、相手の気配はまだ濃厚に残っている。


 一馬は歯噛みする。

 相手の首を断った安堵感でゾーンからは抜け出ている。

 もう一度、集中力を練り直す必要があった。


 しかし、首を切り落としても死なない敵。

 どういう対処法があるというのだろう。

 闇の中にいるようだった。




第十四話 完




次回『決着』

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