平和
「平和だねえ」
シアンが切り分けられたスイカを食べながら言う。
「平和だなあ」
一馬もスイカを頬ぼりながら言う。
現実世界の一馬宅の縁側で二人は皿を挟んで並んで座っていた。
「好戦派も結局全員死んでるしね、七公」
「ついに勇者が不要になるかな」
「そうでもないんじゃないかな」
一馬は淡々とした口調でそう言ったシアンに戸惑いを抱いた。
「なんでだ?」
「諍いは起きるものでしょ。人間同士でも人間以外とでも」
「……結城さんがなんとかしてくれんかね」
溜息混じりに言う。
「何日後に発つの?」
「三日後。あっちの世界じゃ一週間前後かな」
「そっか」
シアンは苦笑交じりに言う。
「こっちでの生活は楽しかった」
「そうさな。楽しかった」
噛みしめるように言う。
子供の誕生にシアンとの交流。
トラブルもあったが楽しかった。
「けど、区切りをつける時がきたんだ。私は龍公で、あなたは勇者なのだから」
「正味、荷が重い」
一馬は、覇者の剣を呼び出す。
空間を超越して現れたそれは、一馬の手元に柄を移動させ、いつでも抜いてくれと言わんばかりだった。
「けど、俺達家族が平和に暮らすにはその手しかないと思ったんだ」
「あっちには帝都十剣とその弟子がいるものね」
「そゆこと」
そう言って、一馬は立ち上がった。
「荷造りしねえとなあ。手伝ってくれるか?」
「私はパチンコ行ってくる」
「ああそうだよお前はそういう奴だ」
少し鼻白みながら、一馬は一気にスイカを食べきり、部屋の中へと入っていった。
「シアンさん、スイカまだあるわよ」
母がシアンに近づいてきて言う。
「いえ、そんな。そんなに頂いたら申し訳ない」
「気にしなくていいのよ。シアンさんにはこれからもお世話になるんだから」
なにも知らぬ母の言葉に、一馬は胸を痛めた。
三日後、一馬は嫁と子供を連れて発つ。異世界へ。
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「シャロ、荷物は?」
「キャリーバッグになんとか収まったわ。服沢山買ってもらったからヒヤヒヤした」
シャロからキャリーバッグを受け取り、庭を歩く。
シャロは双子の子供を抱き上げている。
そして、一馬は念じた。
(来い!)
覇者の剣が一馬の前に現れた。
一馬はそれを腰に帯びると、刀身を鞘から抜いて、唱えた。
「頼む、覇者の剣。あっちの世界に俺達を連れて行ってくれ」
覇者の剣が眩く輝く。
そして、一馬達の体は、砂のようになって異世界へと旅立った。
異世界の帝都で元の体を取り戻す。
地図を取り出し、新しい住居を探しながら歩き始める。
赤子達は光る剣が気になったのか、一馬が鞘にしまった剣に手を伸ばしている。
部屋が七つはあるだろう。中を見なくともそうと察せられる外観でその建物は立っていた。
流石は貴族が住んでいる区域だ。
「おう、一馬。来たか!」
隣の家の窓から、結城が飛び降りてきた。
「これからはお隣さんだな。よろしく」
「いえ、おかげで護衛がつくのでありがたい限りですよ」
「中々に目立つのも問題だな」
「まったくもって」
「けど、帝都十剣の第一席と勇者に喧嘩を売る奴はいないだろう。いるとしたら魔界のモンスターさ」
「それが怖いんですけどね」
暫しの沈黙が漂った。
結城は子供のように悪戯っぽく微笑むと、一馬の肩を叩いた。
「まあお帰り、そしてよろしく、勇者」
「こちらこそよろしくお願いします、第一席」
引っ越し初日はそんな感じで平和に過ぎた。
第百三十九話 完
次回『いつまでもこの平和が続きますように』
百五十話までは毎日数話ずつ投稿していこうと思います。
キリが良いのがそこなので。




