勇者対龍公
「お兄ちゃんって本当に強いの?」
双葉のその一言から今回の件は始まった。
二神家の居間だ。
「強いよ。一流のラインが近接技術千五百ぐらいだけど一馬は一万前後ある」
答えたのはシアンだ
「滅茶苦茶強いじゃん!」
双葉は驚いたように言う。
「じゃあシアンさんとお兄ちゃんってどっちが強いの?」
「そりゃシアンだ」
答えたのは一馬だった。
「龍公の力を受け継いでるからな。レイドボスみたいなもんだよ」
「そうとも限らんよ、一馬。戦い方次第でいい線いくと思う」
「不条理の力が使えないこの世界じゃ尚更敵わないよ」
「うーん」
「戦ってみればわかるんじゃないかな」
双葉の言葉で、二人は顔を見合わせた。
場所は庭に移る。
一馬は木刀。シアンは素手で向かい合う。
「木刀でいいの?」
シアンが困ったように言う。
「この世界で魔力が通用するかどうかまだ曖昧だからな。なんかあって怪我したら嫌だろ」
「それもそうだね」
「じゃ、行くか」
シアンが跳躍した。
そして一瞬で距離をつめて、飛びかかった勢いもそのままに拳を振るった。
一馬は木刀でそれを受け流す。いや、受け流したつもりだった。
次の瞬間、木刀は木っ端微塵に砕け散っていた。
「だから言ったんだ」
シアンは感情を感じさせない声で言う。
シアンの蹴りが一馬に突き刺さった。
一馬は血を吐き空中を飛ぶ。
その背後に、シアンはテレポーテーションで現れた。
一馬は今度は空に向かって蹴り飛ばされる。
その進行方向に、シアンはテレポーテーションで現れ、両手をハンマーのように一つにして握りしめると叩き落とした。
惨敗。
そんな言葉が、一馬の脳裏をよぎった。
しかし、まだ勝負はついていない。
「なあ」
「なに?」
「覇者の剣使っていいか? 今攻撃受けとめてたよね? いい線いくと思うんだよね」
「負けず嫌いなのはいいことだ」
双葉は口をぽかんと明けて二人を見ていた。
「今のコンボ、ドラゴンボールでしか見たことない」
一馬は思わず声を上げて笑った。
平和な日常は、こうして過ぎていく。
+++
「よう」
一馬は、神楽の家を訪ねていた。
生活感がなかったあの部屋も、今では絨毯が敷かれ花が飾られすっかり女の園だ。
「いらっしゃい、一馬さん」
美雪が言う。
「すっかりお世話になりました。この度、私達は異世界に帰ることになりました」
「そうなのか」
「ああ、そうだ」
神楽が言う。
「そちらでも私は護衛に回されるようだ」
「信用されているんだな」
「亜人族は基本魔術職だからね。近接が得意で魔法が効かない私は重宝されてるんでしょ」
「誓わないか?」
「誓い?」
神楽が戸惑うような表情になる。
「私はかまいませんよ」
美雪は微笑んで言う。
「あっちの世界でも、陣営が違おうとも、俺達は友である、と」
一馬は拳を突き出す。
美雪は微笑んでその拳に拳をぶつける。
神楽は渋っていたが、美雪の不安げな視線に負けたらしく、苦笑して拳を突き出した。
三つの拳がぶつかった。
こうして、現実世界で起きた非日常的な事件は終りを迎えたのだった。
+++
「面白くないなぁ」
そう呟くのは遊具公キスクだ。
「亜人公の妻を唆したまでは良かったけど、その配下は三下だ。あれじゃ勇者に敵わない」
そう言ってキスクは顎に手を置く。
「花火を上げるならもっとばーんと上げなきゃいけないよね。君もそう思うだろう?」
キスクは、唇の片端を持ち上げる。
「ねえ、ギルドラ」
そこには、完全な肉体を取り戻したギルドラがいた。
しかし、返事はなかった。
キスクはつまらなそうに前を向くと、足を前後に振った。
第百三十八話 完
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