白と黒の乱舞
一馬は、公園にやって来ていた。この場所にはホームレスが多い。
遊具の中から、声が漏れていた。
「セレン様、無理です。龍公や勇者が相手側についている。付け入る隙がありません」
「なら、あなたの家族が犠牲になるだけです」
水晶だ。輝く水晶に男は話しかけている。
「お許し下さいセレン様。刺し違えてでも美雪殿を倒してみせます」
「よろしい。活躍に期待します」
そこで、会話は途絶えた。
「なんだ、あんたもここか」
神楽がやってくる。
「廃工場回ってたら先こされちゃった」
「あの遊具の中、いるぞ」
ドーム状の遊具だ。穴がいくつもあり、出入りできるようになっている。雨の日には雨宿りにも使えるだろう。
「……じゃ、やるか」
そう言って、神楽は漆黒の剣を呼び出す。
「喧嘩っぱやいねえ」
そう言いつつも、一馬も白銀の剣を呼び出し、鞘から抜いた。
相手も殺意に気がついたのだろう。遊具から出てくる。
「人間族の勇者と魔族の勇者か。これは酷い対戦もあったものだ」
真顔で、怯えを殺すように彼は言う。
「投降してありのままを語るならば命だけは助ける、との亜人公の仰せです」
神楽は淡々とした口調で言う。
「駄目だ、神楽」
一馬は、苦い口調で言う。
「そいつ、家族を人質にとられてる」
神楽は苦い顔になる。
「効果的な手よね」
そういえば、彼女も結城の妻を人質にとったことがあったのだった。
「なら、残念ながら、ここで切り捨てる」
「舐めるなよ。不条理の力が作用しないこの世界では、俺の身体能力が物を言う」
そう言って、男は竹刀袋から刀を取り出し、抜いた。
一馬は、ゾーンに入っていた。
相手の動きは、そこまで難しくはない。
十五歩で倒せる。
そう思った瞬間、神楽が剣から漆黒の刃を放った。
想定外だ。
一馬も、相手の避ける位置を予測して光刃を放つ。
白と黒の刃は混ざりあい、相手の首をかすめた。
その後ろにある遊具の天辺が最初からなかったかのように消滅した。
そして、神楽は前に出た。
一馬は苦笑交じりに補佐に入る。
神楽を巻き込まないように、光刃を放つ。
神楽は着実に実力を上げていた。相手はどんどん劣勢になっていく。
漆黒の剣が、相手を追い詰める。
その時、刃が投じられた。
「神楽、後ろ!」
一馬は、思わず叫ぶ。
神楽は後ろも見ずに、眼前の敵の肩を蹴って高々と跳躍して回避した。
そして、空中で半回転して、飛んで来た剣を認識する。
人間の動きではない。
神楽は神楽なりに、あの世界で修業を重ねてきたのだろう。
男は投じられた剣を掴むと、持ち主に投げ返した。
相手は、二人いた。
「俺達らしい手でいこうじゃないか、兄弟」
新たに現れた敵はそう言って微笑む。
もう一人も、顔に笑みを浮かべた。
二人の体が十人にまで増えて一馬と神楽を囲む。
「なに、これ」
神楽が戸惑うように言う。
「霧の歩みだ。本体が増えない分身の術だよ。結城さんが使ってるのを見た」
「なんでもできるのね、あの男」
神楽は舌打ち交じりに言う。
光波を全力で放てば一撃で倒せるだろうが、ここは現実世界。
平和な公園を破壊したくはない。
しかし、結論はすぐに出た。
「五体全員たおしゃいいんだろ!」
一馬は覇者の剣を引いて、跳躍する。
「連撃……五連華!」
分身ごと頭部を突き、ついには相手の本体を貫いた感触が手にこびりついた。
それに萎えて、一馬はゾーンから抜けた。
背後を見る。
公園の入り口も、敵の遺体も、初めからなかったようにこの世から消滅していた。
「雑な奴……」
呆れ交じりに言う。黒い刃を高い出力で放ち、分身も本体も消し去ったのだろう。
「覇者の剣よ。この遺体をこの二人の主人の元へと送り届けろ」
そう言って、一馬は覇者の剣をかざす。
遺体は最初からなかったかのように消えてしまった。
「便利だねえ覇者の剣」
「これがないと異世界旅行はできんでな」
「交換しない?」
「呪われるのはごめんだ。俺はお前みたいなソードマスターじゃない」
そう言って、一馬は覇者の剣を納屋に戻した。
次の瞬間、神楽が一馬に向かって剣を振り下ろしていた。
後方に跳躍して回避する。
「気を抜きすぎじゃない? 護衛の件が片付けば、私はあなたの敵よ」
「……今回の件で仲良くはできんか」
「それは、世界が二つに別れている限りきっと無理なのよ。一つの世界ですら争いは絶えないじゃない」
そう言うと、神楽は切なげな表情で漆黒の剣を何処かへと送った。
「帰ろう、相棒」
神楽は苦笑交じりにそう言う。
「そうだな。ちょっとした寄り道だった」
一馬は淡々とした口調でそう言うと、神楽の横に並ぶ。
きっと、誰が見ても、この二人が敵対勢力にいるだなんて思わなかっただろう。
「ところでさ、あんたが集中状態に入るとぞっとするんだけど、なんか使ってる?」
「鋭いな」
「教えろよ」
「敵には教えん」
言い合いながら二人は歩いて行く。
そうだ、寄り道だ。
本来ならば交わらない道を進む、ちょっとした寄り道だった。
第百三十六話 完
次回『解決』
少し予定が変わり明日投稿になります。
明日に『解決』と『勇者対龍公』の二話を投稿して今週分の終わりとしようと思います。




