北瀬詩乃
警察署に辿り着くと、一馬は北瀬詩乃という人物を受付で呼んでもらった。
詩乃は、十分もしないうちにやってきた。
「よう、家出少年。相変わらず家出してるらしいな」
寝癖のような髪型でそう言うのは北瀬詩乃。一馬の失踪事件を担当した刑事だ。
「いろいろ事情がありまして……」
「まあ来る頃だろうとは思っていたよ。車は?」
「あります」
「じゃ、ついてきな」
そう言うと、詩乃は警察署の外へ出ていった。
そして、パトカーに乗って走り始める。
シアンに車を運転してもらい、その後を追った。
ついたのは、隣町にある総合病院だった。
三人で車の外に出て、受付で詩乃が警察手帳を看護師に提示する。
「警察です。一ノ瀬美雪と面会したい」
「わかりました。少々お待ちください」
少しおっかなびっくりといった様子で看護師は対応する。
そのうち、美雪の担当医が出てきた。
個室に移り、四人で話をする。
「いや、見事な切り傷でした。刀で斬りでもしないとああはならないでしょう。一命をとりとめたのも奇跡です」
担当医は淡々とした口調でそう言う。
「彼女は相変わらずで?」
「亜人公だとか、魔界だとか、ファンタジー小説の設定みたいな台詞を何度も口にする。まあ、そういう年頃なんですかね。彼女は自分が狙われていると思っている。精神科医にも協力してもらうことになりそうだ」
一馬とシアンは思わず顔を見合わせた。
「美雪さんと会話をすることは可能ですか?」
一馬は、身を乗り出す。
「可能です。が、今言った通り平静ではありませんよ」
そう言って、担当医は立ち上がった。
そして、四人で美雪の部屋に移動する。
一馬とシアンが前に出て、美雪に挨拶した。
「美雪さん、こんにちは。俺は、二神一馬と言います」
「勇者……」
美雪は怯えるように布団を握る。
「あなたの、味方です」
緊張に強張った美雪の顔が、僅かに緩んだ。
「私は七公の一人、シアン。私もあなたの味方よ」
それを聞くと、美雪は緊張が解けたように、涙を次々に流し始めた。
美雪が落ち着くまで、十五分程の時間を要した。
美雪は、とつとつと語り始めた。
「私は、異世界では亜人公の庇護下にいました。亜人公は私を可愛がってくれました。そして、言いました。君はいつまでもこんな世界にいてはいけない、と」
「それで元の世界へ?」
「そうなります。亜人公の魔力ならそれも可能だったんでしょう」
「亜人公ってどんな奴?」
訊いたのはシアンだ。
「若い青年。私とそう歳が変わらぬように見えました」
「意外。じーちゃんかと思ってた」
「あはは……」
美雪の苦笑顔が真顔になる。
「私が狙われた理由は単純だと思います」
美雪が、淡々とした口調で言う。
「と言うと?」
「私が、亜人公の子を身籠っているからです」
その一言で、耳に痛いような沈黙が場を支配した。
第三十一話 完
次回『因縁』
本日もよろしくお願いします。




