戦後処理
シアンはゼラードが龍の体だった時に使っていた巨大な玉座を撫でていた。
これからこの場所に座るのは自分だ。
その事実が、体を身震いさせる。
しかし、怯えを見せるわけにはいかない。
先代龍公がそうであったように、龍公は弱さを見せてはいけないのだ。
シアンは玉座に座る。
喝采が玉座の間に響き渡った。
「我々は多くの戦友を失った」
シアンの言葉で、部屋が静けさを取り戻す。
「それもここまでだ。我々は他の種族と調和の道を行く。そして友の手を取り、二度と理不尽な損失などないように歩んでいくのだ」
再び喝采が起こった。
ゼラードの手前言えなかったが、影では厭戦ムードが漂っていたのだろう。
それに後押しされて、シアンは龍公として正式に認められたのだった。
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「対等な講和、か」
「不可侵条約辺りで一つなんとかなりませんかね。龍種が迷い込んできても処理してもらえるようになります」
一馬は帝都の玉座の間で、皇帝を説得していた。
ここで手を誤ればまた戦争の繰り返しだ。
皇帝はしばらく考え込んでいたが、そのうち隣に立っている結城を見た。
「どう思う、結城」
「外に暮らす難民の数を御覧ください、陛下。講和で済むなら済ませた方が楽でしょう」
「それもそうだな」
「じゃあ……」
「不可侵条約の締結に向けて我々は動く。結城、調印の場にはお前も護衛として同席してくれるな?」
「もちろん」
「新旧第二・第三席の猛攻を受けても死ななかった化物の後釜じゃろう? ワシは恐ろしくてたまらんよ」
「しばしの我慢です、陛下。敵もこれ以上の戦闘は望んでおりますまい」
「そうであればいいが……」
一馬は胸を撫で下ろした。
これはなんとかなりそうだ。
こうして、不可侵条約に向けてのお膳立ては進んでいく。
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「で、そっちはどうでるわけ?」
「不可侵条約で手を結ぼうとしてるよ」
「もっと輸入関連を強めるとかさー。そういうのないわけ?」
「龍の特産品ってなんだよ」
「糞が火薬になる」
「なにそれ怖い。冗談だよな」
「……」
「冗談だよな?」
「あ、リーチだ」
「はあ?」
一馬は立ち上がる。
いつもの換算としたパチンコホールだった。
虎柄の文字がボタンを押せとシアンを誘導している。
そして、シアンがボタンを押すと虹色の光が筐体を照らした。
「あー、まただよ。また人の運を吸った」
「牛丼奢ってやるから拗ねるなって」
「五千円の牛丼なんて高すぎて洒落にならんわ」
そうして二人はパチンコを打っていく。
奇妙な友人は、こうして帰って来た。
「先代龍公を裏切る前にね。不思議な感覚になったんだ」
「不思議な感覚?」
シアンの筐体から吐き出される玉を眺めながら一馬は言う。
「親と子。血のつながり。平和を願う思い」
一馬は黙り込む。
それは、一馬の戦いの源と一緒だ。
「それを感じると、ああ動くしかないと思った」
「おかげであの世界は平和を得た。めでたしめでたしだ」
一馬は自分の前の筐体に千円札を入れて玉を出す。
「お前は正しい道を行ったんだよ」
「うん、そうだね」
二人は、しばし無言になった。
しかし、不愉快な沈黙ではなかった、
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時間は少し遡る。
シアン、龍公との連戦で、一馬はへとへとで家に向かっていた。
叱られるだろうな、と思う。
それがまた一馬を憂鬱な気持ちにさせる。
異世界から帰ってくると、庭だった。
シャロが縁側で、月を見ている。
「今日の月はどうだ?」
「綺麗だよ。隣に座りなよ」
促されるままに、隣に座る。
戸惑いが胸に湧き上がる。てっきり、叱られるものだと思っていたからだ。
その手に、手が重ねられた。
「もう、一緒には行けないね。私は、子供を守らなければならない」
「そうだな……その方が、俺も安心できる」
「けど、死地へ行くならそうだと言って……」
シャロは表情を歪めて、一馬に抱きついた。
「悪かったよ。悪かった」
シャロの背中を撫でる。
「もう次はないだろうが、次があるなら真っ先にお前に話す。約束だ」
「うん」
シャロは目尻の涙を拭って、一馬を離す。
「で、今回はどんな敵だったの?」
「すげえ硬くて強い魔力を持った奴。そいつが魔力を開放しただけで俺達全員吹き飛ばされちまった」
「……勇者は辛いねえ」
シャロは、呆れたように言ったのだった。
少し欠けた月が、二人を見下ろしていた。
第百二十七話 完
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